そんなある日のこと、とある女子がクラス全体に呼びかけた。
クラス皆で夏祭りに行こう、と。
私たちは受験生だが、同時に中学生であるのも今年で最後だ。その女子も思い出を作りたかったのだろう。あるいは単にお目当ての男子を呼び出す口実を作りたかっただけかもしれない。しかし、そんなことは私にとってどうでもいいことだ。彼はどうするのだろうか、と様子を窺っていると、どうやら彼は行くようだった。ならば、と私も行くことにした。
藍色の生地に朝顔の咲いた浴衣、彼が少しでも可愛いと思ってくれたら・・・。
夏祭りの日がやってきた。その日は清々しいほどの晴天で、祭りが行われる神社からは夜になると満点の星空が見えた。こうやって夜に私服で集まるというのは三年目であってもなかなか新鮮で、皆楽しそうに笑いあっていた。こんなときでもやはりリーダー的存在である彼は、皆の前を歩き始めた。しかし、露店の前を通る度に一人消え、二人消え、三人消え・・・、とうとう一緒に歩いているのは私と彼だけになってしまった。
「皆いなくなっちゃったね」
「まずは皆で一周しようって言ってたのに・・・。僕らもどこかで休憩しようか?」
思わぬ誘いに胸を高鳴らせながらうん、と答える。長い前髪の下に隠した感情は、きっと真っ赤になっているんだろうな、と思った。
私たちは神社の裏手にあるベンチに腰掛けた。しばらく他愛ない話をしたのち、私は恐る恐る切り出した。
「話したいことがあるんだ」
「僕に?」
そう問い返す彼は、もしこの後に起きる出来事を知っていたとしてもこんなに優しい笑顔を見せたのだろうか。
「私、あなたのことが好き。できるならば、あなたの・・・彼女になりたい」
心臓が口から出そうなほどばくばくとうるさくて、それをかき消すかのように告げた。その分言葉は素っ気なくなってしまったけれど。これが、目にも負けないぐらい素直な私の気持ちだった。
「ありがとう、とても嬉しいよ」
彼は少し考えたのち、告げた。
「でも、僕は君の気持ちを受け取ることができない」
さあっと血の気が引いていくのがわかった。顔も目も、真っ青だ。
「今は他にもっと大事なことがあるんだ。君のことが嫌いなわけではないけれど」
「でも無理、なんだね・・・」
確実にショックを受けつつも、私のことを心配してくれている彼のことを本当に素敵な人だと思ってしまう。頭の中をぐるぐるといろんな思考が駆け回る。
ぐるぐる、ぐるぐる・・・。
花火がどこかで打ち上がる音がした。辺りがぱっと明るくなる。と、同時にぷちっと何かが切れる音がした。ああ、頭が痛い。というか全身が悲鳴をあげている。まるで後輩がかかっている病気のようだ。左目が、疼く。
「その体、その、牙は・・・?」
彼の声はもう私には届かない。体が真っ黒い獣のような毛に覆われていっている。ああ、いつか読んだことのある小説のようだ、と、この状況に似合わない程冷静に思考する。確かあの小説の中で主人公が守りたかったものは、自身のプライドだったけれど、自分は何を守りたかったのだろう。考えつく間もなく、私は意識を落とした。
気がつけば、花火はもう終わっているようだった。隣にいたはずの人がいない。私の、初恋の人。いったいどこへ行ってしまったのだろう?まだ近くにいてくれたら良いのだが・・・。たとえこの気持ちを受け入れてもらえなくても、せめてそばにいたい。言うならばこれは執着心だ。もはや初恋などという、可愛らしいものではなかった。
それでも愛しい彼に会うならばやはり身だしなみは整えておきたくて、ベンチの上に置いていた鞄から手鏡を取り出し、覗き込む。
ふと思い立ち、長い前髪をあげる。
私の左目は藍色に染まっていた。
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