「そんなに私が可哀想?構わないでよ。これが私の体なの」
「まぁまぁ、そうかっかなさらないで」
ヨーギア・シンドルはケラケラと笑うと、円谷さんが嫌がるのにも構わずに、その右肩を強く握りました。
「痛い!やめて!」円谷さんは必死に逃げようとしますが、力はどんどん強くなっていきます。指の間から青白い光が漏れ出てきました。ヨーギア・シンドルは低い声で呪文のようなものを唱えています。遠くからオルガンの音が聞こえてくるような気がします。円谷さんには十分にも二十分にも思われた時間の後、ヨーギア・シンドルは手を放しました。
「復元完了だ。動かしてみたまえ。ちゃんと機能するはずだから」
見ると、空っぽだったはずの右の袖が左と同じように膨らんでいます。その先には、人の右手のようなものが生えていました。円谷さんはまだ何も信じられません。右腕があったころの感覚を思い出して、グーの形を作ろうとしてみます。
「あぁ、いきなり指を動かすのは難しいよ。まずは肘を動かしたまえ」ヨーギア・シンドルがうるさく口出ししてきます。ぎゅっと力を籠めると、できました。綺麗なグーの形です。涙がぼろぼろ出てきます。肘も曲がります。手首も動きます。つたないけれどチョキの形も作れました。
「ほうら、これがわがアークトゥルス第五惑星の科学力さ。素晴らしいだろう」ヨーギア・シンドルは胸を反らして自慢げです。それから、円谷さんの顔を覗き込んで不安そうに言いました。
「感激してくれるのは構わないが、約束を忘れてはいないだろうな?地球名が欲しいのだが」
「ヨギアシ」円谷さんは小さくつぶやきました。
「ヨギア・シ……?私の名はヨーギア・シンドル。ヨギア・シンドルではないぞ」
「あんたの地球名。ヨギアシ。過ぎる足って書くの」
「ほう、過足か。事前調査にはなかった名だな」ヨーギア・シンドル改め過足さんは、この名前が気に入ったようで上機嫌です。今にもスキップしそうなくらいに。
「あんた、本当に宇宙人なの?」
「そうに決まってるだろう。私の事前調査では地球に人体を復元する技術はなかったはずだが?」
円谷さんは茫然自失の体で右手を見つめています。
「おーい、円谷ぁ!」
橋の方から自転車のベルの音が聞こえてきました。同じクラスの山下君です。円谷さんは顔を真っ赤にして過足さんの後ろに隠れました。山下君は怪訝な顔をして通り過ぎていきます。
「今のはボーイ・フレンドというやつか?わが星にはない風習だ」過足さんが興味津々に聞きます。
「ちがう、そんなんじゃない!」
「ならばなぜ隠れる?それは恥じらいという感情ではないのか?」
「右腕があるところを見られたら面倒でしょ!」円谷さんは真っ赤な顔をさらに赤くして言いました。
「面倒?何が?」過足さんの頭に一本だけ波平さんのように生えている髪の毛が疑問符の形になりました。器用なものです。
「右腕が急にはえてくるだなんてことあるわけないでしょ!面倒なの!」過足さんはますます困惑します。
「どうしよう、この体じゃ家に帰れない……」真っ赤だった円谷さんの顔が、今度は真っ青になっていきます。
「ねぇ、元に戻してよ」
「……ついさっき復元したばかりだが?なにを戻すんだ?」
「だから、この腕。右腕のない体に戻してよ!」
過足さんの頭の上の疑問符がぐるぐると渦を巻きます。
「これが地球人類というものか……、やはり詳密な調査が必要だな」
過足さんは今、自分の仕事に深いやりがいを感じたようです。とても晴れやかな顔をしています。
「ねぇ、聞いてる?ちょっと!」円谷さんが過足さんの足を蹴ります。過足さんは少しもそれに気づく様子がありません。円谷さんは今にも泣きだしそう。
ともかく、これが円谷さんと過足さんとの出会いのお話。二人の関係に何か進展がありましたら、またお伝えしたいと思います。
おしまい
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