【文豪】

僕と僕の玩具屋さん④

 のんびり起き出してきて、店を開ける準備をする。僕の玩具店は泥棒も入った形跡はないし、平和なものである。欠伸をしつつ裏口からポストを確認すると、父から絵葉書が来ていた。近いうちに帰ってくるらしい。どうでもいいが、絵葉書の絵はピラミッドとスフィンクスだった。妙に上手いが釈然としない気持ちになる。
 今日も今日とて漫画を読みながら店番だ。先日こそ珍しいお客様が来店したが、もともとこの店は地域の子供たちが学校終わりに駄弁る場所なのだ。午前中に客はほとんどない。
 だから僕は、ほとんど眠りかけていた。意識が途切れるか途切れないかのところで、ペシペシと頭を叩かれる。それに驚いて飛び上がったということは、やっぱり眠っていたのかもしれない。
 初めに目についたのは、大きな蒼い目。それから、目線は僕よりも高いのに、そのぽてっとした体型とあどけない表情に違和感を感じた。ようやく、彼がカウンターの上にのぼっていることに気づく。
 そして彼は愛らしい声音で言った。
「何をしてやがるんですか?」
 僕は吹き出す。笑いながらもう一度その子を観察することにした。
 年の頃は七歳くらいだろうか。服装はそこらに歩いている子供と変わりない。整った顔立ちをしていて、西洋の絵の中に描かれる天使のような雰囲気だ。何よりもその蒼い目と黒髪が僕に強い印象を与えた。僕は、心の中で彼を総統と呼ぶことに決めた。
「ねえ、何をしてやがるんですか?」
 総統はもう一度そう尋ねてきた。総統からの問いならば答えねばならないだろうと、僕は目を細めて説明してやる。
「お客さんを待っているんだよ」
「お客さんならぼくが来てやりましたよ?」
 そりゃあ有り難いですね、と僕は頷く。しかし、この子のこのしゃべり方は何なのだろう。言葉とは裏腹に、本人に偉そうな素振りはないし、ちぐはぐな印象だ。
「それではお客様、何をお買い求めになられますか?」
「うん。ぼくはね、車がお買い求めになりやがります」
 日本語が崩壊している。僕は面白くて質問を重ねた。
「車……というと?」
「あ、赤いお車。乗れるやつが欲しいんでございますぜ」
 もう耐えられない。一体、何語を話しているつもりなのだろう。しかし総統は可笑しな言語を使っている自覚はないらしい。店をキョロキョロ見回して何かを探している。
「こっちにおいで。乗れるやつならこっちにあった。赤かったかはちょっと覚えていないけど」
 僕がそう言って席を立つと、総統もちょこちょこついてきた。
 もう何年も買い手がついていない玩具の箱をよけて、僕は奥から大きめの箱を取り出す。小学三年生まで乗れる小さな車だ。もちろん時速は五キロくらいしか出ない。
「これでどうだろう?」
 そう尋ねると、総統は渋い顔をして首を横に振った。
「これ、車じゃないですぜ」
 もしかして、と僕は言う。
「総統は自動車をご所望か」
 総統は首を傾げる。
「ソートー、ジドーシャ?」
 いけない。心の声が出てしまった。総統には、少し難しかったらしい。何にしても、これはきちんと説明しなくてはならない。
「ここは、玩具屋さんなんだ。本当の車は売っていないんだよ。玩具ならいくらでもあるんだけどなぁ」
 残念そうに言うと、総統も残念そうな顔になった。理解しているかは正直謎だ。
 すると総統は、残念そうな顔のまま僕に背を向ける。
「帰るの?」
「帰ったほうがいいです?」
 そんなこと全然ないよ、と僕は笑う。その時初めて、総統は笑顔を見せた。

著者

緒川 火華
緒川 火華
 密かに小説家志望です。情景描写が苦手ですので、厳しい目で見てやってください。
 よろしくお願いいたします。

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  1. 管理人
    管理人

    「スフィンクス」では?

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