【文豪】

僕と僕の玩具屋さん③

 本日も平和な僕の玩具屋は、人の影もなくいつも通り静かだ。僕は漫画を読み、小さなお客さんを待っていた。
 そんなお昼時、カランコロンと力強い鐘の音。まだ早いけどなぁ、と顔を上げると、そこには彫りの深い男性が立っていた。
「やあこんにちは。元気かい?」
「ええ、上々です」
 そう答えながら僕は漫画に目を戻す。一体誰なのだろうと思いながら。
 そんな僕に、男性は嬉しそうな顔で近づいてきた。
「素っ気ないじゃないか。接客はしないのかい?」
 なかなか面倒な人である。僕が肩を竦めると、彼はそれを見ることもせずに僕の視界から消えた。とても忙しい人だ。
 しばらく僕が漫画を読んでいると、いきなり肩を揺さぶられた。
「あの二階にある船の模型は売れてないんだね?」
 激しく身を揺らされながら、僕は考えていた。そして、何故だかわからないけれど言ってしまったのだ。
「いえ、あれはもう買い手がついてるんです」
 途端に男性は萎れてしまって、うつむき加減に独り言を言った。
「そうか、そうだよなぁ。魅力的だから、誰かに見初められたんだ。きっと彼女も…… 」
 僕は不意に顔を上げ、彼女? と尋ねる。男性は嬉しそうに話してくれた。
 とても綺麗な子がいてね、と。
「あんまり綺麗で上がってしまって、思わず聞いたのが『その服はどこで買ったの?』だったんだ。初めて喋ったのが。彼女、セーラー服だったのに」
 今日はもう帰るね、と静かに言って男性は立ち上がった。僕も立ち上がって頭を下げる。
「またのご来店をお待ちしています。……聡史さん」
 また来るよ、と聡史さんは笑い、途中で立ち止まる。不意に振り向き、いぶかしげに僕の顔を見た。
「俺は、名前を言ったかな?」
 僕は笑いをこらえるのに必死だった。少し慇懃な仕草で引き出しから手紙を出す。
「そういえば、お預かりしているものがあるんでした。これを、あなたにと」
 それは、ちょうど昨日の今ごろに穂香さんから預かったものだった。こんなこともあるんだなと僕は含み笑いでそれを聡史さんに渡す。聡史さんは封を開けるのもじれったいというようにそれを開けて読んだ。
 好奇心から、僕もそれを横から盗み見てしまう。穂香さんごめんなさい、と心の中で呟きながら。
 そこにはたった一行、こう書いてあった。
『大遅刻ですよ、お寝坊さん』
 聡史さんは目をぱちくりさせ、くすりと笑う。彼女が来たんだね、と言われたので僕は小さく頷いた。
「いつ?」
「ちょうど昨日です」
「彼女は、どこに住んでいるか言っていただろうか」
「いいえ。引っ越しをするそうです。でも明日、引っ越す前にまたここに来ると。ちょうどこの時間くらいに」
 じっと考えていた聡史さんは、困ったように笑ってかぶりを振った。
「明日は来られないんだ。というより、明日からは来られないんだよ」
「どうして?」
「僕は国際的な医者でねー。明日の今ごろには飛行機で空の上なのさ」
「なんでそんな……」
 すると聡史さんは唇を尖らせて、彼女が言ったんだぜと肩を竦めた。なんだか、高校生の時の彼が見えるような気がした。
「なんの本を読んでいるのか聞いたら、『自己犠牲的な医者の話です。素晴らしいですよね』って。だから、なっちゃった。意外と簡単になれるものだよ医者って。こんな俺でも、四年くらい死ぬほど勉強すればあっさり大学にだって行けたし」
 男って本当に馬鹿だな、と僕は思った。僕もそんな馬鹿な男の一人なので、確かに共感はできる。
「でも、彼女のためになったんなら彼女のために放り出してもいいんじゃないですか?」
 聡史さんはうーんと悩んで、結局首を横に振った。
「だって、今は仕事も好きだから。いい仕事してるんだ、俺」
 自分で言っちゃうかなそれ、と笑いながら見ると、聡史さんは存外真っ直ぐな目をしていた。なるほど、と思う。この人はとても魅力的だ。
 その代わりに、と聡史さんは持っていた万年筆でメモ帳に何かを書いて僕に差し出す。それを読んで僕がくすくす笑っていると、聡史さんは帰り支度を始めた。
「それを彼女に」
「承知しました。電話番号などは書かないんですか?」
 彼は少し悩んでいたが、やがて歯を見せて笑った。
「それはちょっと、今までの会えなかった時間に失礼かなと思うんだ」
 臆病な大人たちだ、と僕は思う。決して言葉には出さないけれど、臆病な恋をしていると可笑しくなった。でも僕は、そんな臆病な二人が嫌いじゃないと思う。




 次の日の昼頃だった。カラン、という軽い鐘の音に、僕は飛び上がって笑顔になる。それでもやっぱり、穂香さんの笑顔の方が輝いていた。
「穂香さん、昨日誰が来たと思います?」
「聡史さんね」
 僕は驚いて目を丸くする。
「なんでわかったんですか?」
「あら……。乙女の空想って時々本当になるからやめられないわね」
 うっすらと笑みを浮かべて穂香さんは続きを促す。頷いて、僕はメモ書きを手渡した。  そこには端正な字でこう書かれている。
『君は今も綺麗だ。君を一目でも見られないのが、残念なくらいだよ。』
 あら、と穂香さんは口許に手をあてた。
「さすがに、セーラー服の出所を聞くようなお子様とは違うわね。たくさん遊んだんだわ、あの人」
 今ごろは飛行機で空の上らしいですよと僕が言うと、穂香さんはまたあら、と口許に手をあてた。どこか嬉しそうな表情をしたので、僕は不思議な気持ちになって首を傾げる。
「電話番号などをお教えくだされば、今度聡史さんがいらっしゃったときに……」
 いいのよ、と穂香さんはあっけらかんと言った。
「私たち、会ってしまったらきっと続かないわ」
 しばらく目を瞬かせて、僕は吹き出す。そういうものですかと尋ねれば、そういうものですよと真面目くさった顔で言われた。
「聡史さんは、『電話番号などを教えるのは、会えなかった時間に失礼だ』って言ってましたよ」
「男ってみんなそうなの?」
 そうかもしれません、と今度は僕が真面目な顔で言う。穂香さんは耐えきれずに吹き出した。
 それから、可愛らしい封筒を取り出して僕に手渡す。
「今度あの人が来たら」
「穂香さんも時間があったらいらしてくださいね」
 もちろん、と穂香さんが微笑む。あの人が来たような気がしたらまた来るわ、と。
 いつになるのやらと、僕は少しだけ残念だった。

 ここは小さな町の小さな玩具屋。  随分昔のレアカードから最近流行りの飛び出すゲーム機(決して壊れているわけではない)まで、変わり種だと大人の初恋も見つかります。
 そんなことを言ったって、もう当分小さなお客様しかお目にかかれないだろうと僕は漫画を読みながらため息を吐いた。

著者

緒川 火華
緒川 火華
 密かに小説家志望です。情景描写が苦手ですので、厳しい目で見てやってください。
 よろしくお願いいたします。
5段階で評価をお願いします!一番左が「1」、一番右が「5」となっています。
※一度評価をしますと取り消しができませんのでご注意ください。


次回に期待・・・もう少し普通良い文章最高! 平均評価: 4.33 (投票者3人)
読み込み中...
コメント 0件

コメントはこちら

Return Top