【文豪】

真白き雪のような君へ【4】


 スノウホワイトは暫くサンシャインの胸の心地よさを噛みしめる。そして名残惜しそうに彼女から離れた。

「今日の儀式には、このペンダントを付けますね」

 サンシャインは顔を綻ばせて頷いた。

「姫様、儀式の時刻が迫っております」

 控えていた侍女長が告げる。
 サンシャインの指が滑らかに動く。
 リダラが、すぐに言葉に換えた。

「王妃様は儀式を楽しみにしていると仰せです。それからブレスドレイン様が前庭でお待ちとのことです」

「兄様が!」

 スノウホワイトの頬は瞬く間に鮮やかな桃色に染まった。

 サンシャインの弟、ヨーデン王国王子ブレスドレイン。スノウホワイトの初恋の相手であり、今は恋人でもある。

 サンシャインが悪戯っぽい笑みを浮かべながら指を動かした。
 リダラは、その指の動き見て眉をひそめる。

「王妃様、何度も申しあげておりますように、私は王妃様の意志を明確に人々に伝えることを、お役目としております。それゆえ、あまり必要性の認められない感情的で些末(さまつ)な表現を訳すのは私の本意ではありません」

 リダラの口調には棘(とげ)があった。
 サンシャインは頬を膨らまし、リダラを睨んだ。

「王妃様、そのような態度を取られましても、私としては……」

 サンシャインの頬は、ますます膨らみ、顔全体が赤くなってくる。彼女は赤く膨らんだ顔でリダラに詰め寄った。美姫も何もあったものではない。
 リダラは諦めたように溜息をついた。

「――承知しました。できる限り王妃様の感情表現を再現させて頂きます」

 サンシャインは頬に溜めた息を吐き出し、満足そうに微笑んだ。
 リダラは改めてスノウホワイトに向き直ると指言葉を訳した。

「王妃様は、熱いよ、熱いよ、妬けちゃうね、羨ましいぞ、と仰せです」

 今度はスノウホワイトの顔が真っ赤になった。

「もうっ、姉様!」

 サンシャインは、にやにやした顔でウインクすると身を翻して部屋を出て行った。
 リダラはスノウホワイトに一礼し、王妃の後を追った。
 王妃が去った後、スノウホワイトは呆れた顔で侍女達を見遣る。
 三人の侍女は、くすくすと笑っていた。

「王妃様が、いらっしゃると賑やかですこと。グリーンウッド様と良く似ていらっしゃいます……」

 侍女長が、しみじみと呟いた。

「本当ね……」

 スノウホワイトは深く頷く。
 グリーンウッドが居るところ、いつも笑い声があった。サンシャインの周りもそうだ。だが自分はどうだろう、スノウホワイトは自省してみる。
 気の知れた侍女達は楽しんでくれるが、そうでない者達はスノウホワイトを避けているような気がしてならなかった。恐らく父、ブルーヘイルの影響だろう。

 父親が自分を見るときの、凍てつくように冷たい視線。

 スノウホワイトは身震いした。

 気を取り直して再び姿見の前に立つ。
 先程選んだ青いドレスを侍女長が手渡そうとするとスノウホワイトは首を振った。

「青のドレスは駄目。姉様と同じでは目立たないもの。今日は私が主役なんだから。こっちの緑のドレスにするわ」

 スノウホワイトは金の刺繍の入った明るい緑色のドレスに着替える。そして鏡台の前に座り、赤い口紅と青いアイシャドウを薄めに引く。
 化粧を終えると、もう一度念入りに姿見で身仕舞いを見直した。
 最終的に侍女達が首を縦に振るのを確認するとスノウホワイトは急き込んで部屋を飛び出した。

 ドレスのスカートを両手で摘み上げて階段を駆け下りる。
 広いエントランスホールの石畳を走り抜け、正面扉から外に出た。
 扉の両脇に立っていた衛兵が驚いた顔をしている。

 前庭には四頭立ての馬車と騎乗した十人余りの護衛兵が待機していた。神殿に向かうために用意された馬車である。

 護衛兵は城から現れたスノウホワイト見て、騎乗したまま敬礼をした。
 スノウホワイトは護衛兵達の敬礼を一切無視して、彼等の前を駆け抜ける。

 城門近くの木立の陰に一頭の白馬が止めてあるのが見えた。
 白馬の横には見慣れた人影があり、スノウホワイトに向けて右手を挙げた。
 スノウホワイトは更に速度を上げ、人影へ突進した。

「兄様っ!」

 スノウホワイトは勢いも、そのままに人影に抱きついた。
 厚い胸板が易々(やすやす)とスノウホワイトを抱き留める。女とは違う男の匂いが彼女を包み込んだ。

「元気にしてたか、お転婆娘!」

 ブレスドレインは、スノウホワイトを抱いたまま何度も回った。

 一頻り回った後で彼女を地上に降ろし、ブレスドレインは爽やかに笑う。白い歯が口元から覗いた。
 三ヶ月ぶりに見る笑顔にスノウホワイトの胸は高鳴った。

 涼やかな秋風がブレスドレインの短く切揃えられた玲瓏(れいろう)な金髪を揺らめかせる。ラピスラズリの色に染まる彼の瞳は屈託(くったく)無くスノウホワイトの姿を映している。褐色の肌は日に焼け、以前よりも色味と逞(たくま)しさが増していた。顔立ちはサンシャインとよく似ていて、繊細で女性的だが、骨格は太く、身長もスノウホワイトが見上げるほどに高かった。
 金ボタンの並ぶ赤い詰め襟の上着と黒の乗馬ズボンが憎らしいほど様になっている。

「とうとう、お前も大人だな」

「そうよ。今までみたいに子供扱いは、しないでね」

「ああ、わかってるさ……」

 ブレスドレインは感慨深げにスノウホワイトを眺める。

「――何?」

 スノウホワイトの顔が赤らむ。

「綺麗だな」

 ブレスドレインはスノウホワイトの右腕を取り、少し強引に引き寄せた。
 スノウホワイトの鼓動が跳ね上がる。
 目の前にブレスドレインの顔があった。

「い、いつまでイースにいられるの」

「残念だが儀式の後、すぐに発つことになる。白の海でミナスの海賊共が暴れてるんだ。親父から討伐の指揮を任された。本当なら今頃、白の海へ向かってるところだが内緒でイースに来たんだ」

 ブレストレインの右掌がスノウホワイトの頬に優しく触れる。繊細な顔立ちとは裏腹に彼は武術にも精通していて、特に槍術に秀でていた。
 武術で鍛えられた彼の大きな手が、今は滑らかな絹のように頬を撫でる。

「――お前に逢いたくてな」

 スノウホワイトの全身が熱を帯びる。
 サンシャインが温かい春なら、ブレスドレインは熱い夏だった。

「兄様……」

 二人は暫く無言で見つめ合った。
 スノウホワイトは急に気恥ずかしくなって、会話の糸口を探した。そして胸元のペンダントに気付く。
 彼女はペンダントのトップを手に取りブレスドレインに見せた。

「こ、これ姉様に頂いたの」

「そうか、姉貴も、お前の成人の儀式を楽しみにしてたからな」

「兄様は何もくれないの?」

 スノウホワイトは上目遣いで睨んだ。
 ブレスドレインは気まずそうに頭を掻いた。

「悪いな。何も考えてなかった」

「相変わらず気が利かないんだから」

 スノウホワイトは肩をすくめ、微苦笑(びくしょう)した。

「厄介事が持ち上がって、他を考える余裕が無かったんだ。」

「厄介なこと?」

 心なしかブレスドレインの瞳が陰ってみえた。

著者

朝羽 ふる
朝羽 ふる
未熟者ですがよろしくどぞ

コメント & トラックバック

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  1. 鬼編集長
    鬼編集長

    文章を何度も読み直し精査して組み上げていく努力が伺える作品。

    それだけに送り仮名や脱字を発見するとコンシェルジュから「惜しいな-」の声が聞こえる。

    基本的には皆温かい目で見ているのでそんなに固くならずにのびのびと書いて欲しい。

  2. 朝羽 ふる
    朝羽 ふる

    気を使って頂いてありがとうございます。これからも精進します。

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