【文豪】

真白き雪のような君へ【3】

 サンシャインの澄んだ青い目は真っ直ぐにスノウホワイトに向けられている。

 二人の背丈は同じ位だが、姿態(したい)の豊満さではサンシャインが勝っていた。

 彼女の父、ヨーデン国王バンパークロップはグリーンウッドの兄であり、サンシャインとスノウホワイトは従妹同士にあたる。年は四つ上の十九歳。イースとヨーデン、国は違えど二人は子供の頃から姉妹のようにして育った仲である。

 スノウホワイトは大きく息を吐くと心の丈(たけ)を言葉にした。

「御母様、今日まで亡き母の代わりに私を支えてくださいましたこと感謝致します。御母様がいらっしゃらなければ、きっと毎日を寂しく過ごしていたでしょう……」

 サンシャインの瞳が、次第に潤んでいく。彼女は堪(こら)えきれなくなったのか言葉の途中で両腕を広げるとスノウホワイトを抱きしめた。

「――姉様……」

 スノウホワイトは思わずサンシャインの昔の呼び方を口にしていた。

 サンシャインの腕の中は、以前と変わることなく、温かくて、柔らかくて、心地よかった。彼女の温かさは幼かった時の記憶を思い起こさせる。懐かしい母、グリーンウッドの想い出……。サンシャインは母と同じ太陽の匂いがした。

 グリーンウッドはスノウホワイトが七歳の時に亡くなった。彼女は決して病弱だったわけではないが、スノウホワイトを産んで以降、体調不良が続いていたのだ。
 父であるブルーヘイルは、グリーンウッドの死亡後は後添(のちぞ)いをもらうことなく、たくさんの愛人達と浮き名を流した。しかし四年前、自分も病に倒れ生死の境を彷徨った。その経験もあり気が弱くなったのか、ブルーヘイルは新しい王妃を立てるという意志を国内外に表明したのだった。

 周辺諸国からは、たくさんの候補が名乗りを上げた。グエディンの四大強国の一つイースの王妃になれる願ってもない好機だったからだ。
 ところが、そこでグエディン全土を驚愕させる事件が起こった。当時若干十五歳、成人の儀式を終えたばかりのヨーデン王国王女サンシャインが王妃候補として名乗りを上げたのだ。

 年の差のある婚姻は珍しいことではないが、強国の王といえど五十過ぎの患っている男の下に、グエディン随一と評判の美少女が自分から進んで輿入れを望むなど前代未聞だった。口さがない民衆は老い先短いブルーヘイルに代わって、サンシャインがイースを乗っ取る気なのではないかと噂した。

 だがサンシャインの事情を知る各国の王族や貴族達は、さほど驚きはしなかった。なぜならサンシャインは普通の婚姻ができない大きな問題を抱えていることを知っていたからだ。その問題は彼女の類(たぐ)いまれな美貌をもってしても埋め合わすことができないものだった。

 サンシャインが、ぐすんぐすんと啜(すす)り上げる。
 スノウホワイトは呆れたように微笑むとサンシャインの背中を、さすってやった。これではどちらが年上か、わからなくなる。
 サンシャインとは本来、こういう女性である。

 優しくて、自分の気持ちに正直で、泣き虫で、その上……。

 サンシャインがスノウホワイトから離れると赤毛の侍女がハンカチを差し出す。
 サンシャインはハンカチを受け取ると思い切り鼻をかんだ。
 隅に控えている侍女達が笑いを堪えている。
 赤毛の侍女は顔をしかめる。
 目に涙を溜め、鼻の頭を赤くしながらサンシャインは微笑んだ。

 ――その上……彼女は相当な、ドジだった。

 貴族達や国民の前では優美で威厳のあるイース国王妃として振る舞っている。だが時折、隠している地が現れ、一騒動巻き起こるのだ。

 この前も大切な櫛が無くなったといって泣きべそをかいていた。侍女達が右往左往して探したが見つからない。仕方ないと諦めた時に自分の髪に挿してあるのに気がつくという始末だ。
 周囲にとっては迷惑この上ないが、スノウホワイトは、そんな彼女が可愛くてしかたがなかった。

 しかし、この事はサンシャインが抱えている問題とは無関係である。その問題に比べれば彼女のドジっぷりなど愛嬌の一つでしかない。

 王妃御付きの侍女、赤毛のリダラが音も無くサンシャインの横に並ぶ。
 サンシャインはリダラが横に来たのを確認すると、胸の前で両手の指を動かした。その動きは目で追うのが難しいほど素早く複雑なものだった。
 リダラはサンシャインの指の動きを見て取った後、スノウホワイトに向かって言った。

「王妃様は、姫様にお渡ししたい物があると仰せです」

 

 グエディン最高の美姫が抱える問題、それは、声が出せないということである。

 

 各国の王侯貴族は、この問題があるためにサンシャインとの婚姻を望まなかった。王妃は世継ぎを産むのが最大の仕事。世継ぎに支障をきたすような問題を持つ女性を、王妃として迎えるわけにはいかないというのが彼等の言い分である。

 サンシャインの愛らしい本質を見ずに、女としての機能だけを優先するような彼等の対応にスノウホワイトは腸が煮えくりかえる思いだった。女は国を存続させる為の道具ではない。サンシャインへの仕打ちを知ったことで、スノウホワイトは、そう考えるようになった。

 サンシャインは、指言葉を使って意志を伝える。

 指言葉は複雑で膨大な指の形を覚えなければならないので、使える者が限られる。リダラはそんな限られた内の一人だった。リダラはサンシャインが子供の頃からずっと彼女の言葉を代弁してきた侍女だった。

 リダラは波打つ赤毛と陰のある灰色の瞳を持った女性で、スノウホワイトやサンシャインと並ばなければ結構な美人で通る顔立ちをしていた。

 リダラとも長い付き合いではあるのだが、スノウホワイトは彼女のことが苦手だった。顔立ちは整っているものの彼女からは人間の暖かみが感じられなかった。それに時折、スノウホワイトのことを、じっと見つめることがあった。あまりに無礼で薄気味が悪い。サンシャインの御付きでなければ、厳しく叱りつけているところだ。

「私に渡す物? 何ですか」

 スノウホワイトは首を傾(かし)げた。
 リダラが懐(ふところ)から小さな黒い箱を取り出す。
 サンシャインは箱を受け取り上蓋を開く。
 箱から取り出されたのは銀製の美しいペンダントだった。トップは太陽を模(も)していて、中心に血の色をした大粒のルビーが輝いている。

 サンシャインはチェーンの留め金を外し、手ずからスノウホワイトの首にペンダントを提げた。
 スノウホワイトの胸に輝くルビーの太陽を見て彼女は満足げな顔をした。

「そのペンダントは今は亡きグリーンウッド様が王妃様に贈られた物だそうです」

 リダラが抑揚のない声で伝える。
 スノウホワイトは動揺して尋ねた。

「それって姉様にとっても大事な物なんじゃ……」

 サンシャインは柔和な笑顔のまま指を動かす。

「だからこそ姫様に持っていて欲しいとの仰せです」

 リダラが訳した。

「姉様……」

 スノウホワイトはサンシャインの胸に飛び込んだ。

「本当に、ありがとう……」

 サンシャインはスノウホワイトの髪を優しく撫でた。

著者

朝羽 ふる
朝羽 ふる
未熟者ですがよろしくどぞ

コメント & トラックバック

  • コメント ( 2 )
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  1. 鬼編集長
    鬼編集長

    「ヨーデン王国王女サンシャイン」が判りやすい表記とすれば

    「ヨーデン王国王バンパークロップ」は?


    新作も脱字があり保留中。

    通常 審査当落の理由は一切答えないが読者の熱い期待があるので、とだけ申し添える。

    • 朝羽 ふる
      朝羽 ふる

      こんにちは
       
      一応ご指摘の部分を訂正しました。正解だったでしょうか。
      【4】に関しては申し訳ありません。普段なら少なくとも一日置いて見直すところですが体調不良のため、下書きのまま提出してしまいました。
      天罰覿面、保留ということに。
      全面書き直そうか迷いましたが取りあえず脱字の補完と描写の再考をして再提出させて頂きました。
      なんとか審査通過したようですが、少し不安です。決して自分の文章力に自信を持っている訳ではないので、今まですんなりと通して頂けたのは運が良かったんだなという感じです。
      ただ鬼編様のコメントはありがたいです。これからも宜しく御願いします。
      でも自分、マゾじゃないですので打たれすぎると折れます。 

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