【文豪】

真白き雪のような君へ【2】


 大きく開かれた窓から仲秋(ちゅうしゅう)の青空が覗く。夏と比べて気温は下がったとはいえ、日が昇れば空気は暖かみを帯びる。

 窓の外から異国情緒あふれる軽妙な音楽が聞え始めた。

 スノウホワイトは窓から身を乗り出して城下を見下ろす。

 イスタップの街は普段と比べると、尋常でない賑わいを見せていた。路地の両脇には隙間無く露店が並び、多くの人々がその間を行き交っている。イスタップ城は小高い丘の上に建っており、スノウホワイトの自室は城の三階にある。そのため街を歩く人々が蟻のように小さく見えた。
 露店では様々な料理も売られているのだろう。肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上り、鼻孔(びこう)をくすぐった。

「なんだか、お腹空いてきちゃった」

 スノウホワイトは侍女達の方を振り返り、鼻をくんくんと鳴らした。

「まぁ、姫様ったら」

 三人の侍女達は呆れて笑った。

 日当たりの良いスノウホワイトの自室。白い漆喰(しっくい)の壁。繊細なレースの天蓋(てんがい)が提げられたベッド。光沢のある大振りなテーブル、動物や花などの可愛らしい装飾が施された鏡台。一見すれば、どれもが高価なものだとわかる。
 壁には夕日に映える美しいイスタップ城の絵と母親であるグリーンウッドの若かりし頃の肖像画が並べて掛けられていた。

 ベッドの上には布の張られた刺繍用のフープが投げ出されている。昨夜、スノウホワイトは、なかなか眠りにつけず、遅くまで大好きな刺繍をして気を紛らわせていたのだ。

「もう儀式まで、さほど時間がありませんので先にドレスを決めて頂かないと」

 白髪頭の侍女長がテーブルの上に並べられた色取り取りの衣装達に意味ありげな視線を投げた。

「ほんと、面倒くさい」

 スノウホワイトは口を尖らせて窓際から離れる。そして大きな姿見の前に立った。

 窓から射し込む日差しが、彼女の全身を光の中に際立たせる。丈長の簡素な白いシュミーズしか身に付けていないが、彼女の天性の麗質(れいしつ)と可憐さは損なわれていない。
 新雪のように白く柔らかな肌。桜桃(おうとう)を思わせる瑞々(みずみず)しい唇。腰まで伸びた本黒檀(ほんこくたん)の艶を持った黒髪。母譲りの淡い碧色の瞳は、成人女性へ変貌を遂げる前の繊細で、どこか危うい雰囲気を醸(かも)して、鏡の中から見つめ返している。
 彼女の美貌は周辺諸国の間でも評判であり、グエディン随一であるとの呼び声も高い。

 スノウホワイトは今日、十五歳の誕生日を迎える。

 十五年前のイースとオスカとの戦争は呆気ない幕切れを迎えた。
 イースへの行軍中、オスカの王が最も信頼していた家臣に殺されたのだ。王の死を知ったオスカ軍は大混乱となった。自軍の混乱を収拾するためにオスカ軍の参謀達は、イースに対して休戦を申し込んできた。
 イースは一も二も無く休戦を受け入れた。廃滅(はいめつ)寸前だったイースの国は、すんでのところで息を吹き返したのだった。

 二国間で休戦協定が結ばれたその日、スノウホワイトは産声を上げた。

「やっぱり、青かしら」

 スノウホワイトは目の覚めるような青色に染められた光沢のある絹のドレスを手に取った。

「よろしかろうと存じますわ。胸に白の花飾りを付けましょう」

 侍女長は豪華な白い花飾りをドレスに添えてみせた。

「良いわね。じゃ、これで決まりっと」

 スノウホワイトは両手を挙げて大きく伸びをした。

 グエディンでは十五歳になると成人として認められる。そのため、十五歳の誕生日は特別な日とされ、神殿に詣でて成人の儀式を行うのが慣わしだった。儀式の後は、どんなに貧しい家庭でも、できる限りの料理や葡萄酒を用意し、近隣の人々を招いて祝宴を催した。

 庶民でさえもそうなのだから、王女の成人の儀式となれば単なる祝宴で終わる筈がない。イース王国ではつい先日、秋の収穫祭が盛大に行われたばかりだったが、それを上回る規模の祝祭が今日から三日間開かれるのだ。
 初日である今日はスノウホワイトが、イース国の主神であるタルフントの神殿で、司祭から神の祝福を与えられる儀式が行われる。
 滅多にない儀式を一目見ようとイースの各地から、多くの民衆がイスタップに押し寄せていた。あまりの人数に宿屋が不足して、街を囲む防壁の外で野宿をする者まで出る有様だった。

「やっと朝食が食べられそうね」

 やれやれといった様子でスノウホワイトが言うと侍女長が済まなそうな顔をした。

「朝食ですが、普段通りとは参りません。儀式が終わるまでは肉や卵などを食することは禁じられています。今朝は葡萄酒と種無しパンだけです」

「なんてこった!」

 スノウホワイトは庶民の言葉で驚いてみせた。

「姫様! またそんな、はしたない!」

 侍女長が睨み付ける。
 スノウホワイトは舌を出した。

 扉をノックする音が聞え、部屋の外に立つ衛兵が告げた。

「王妃様の、御越(おこ)しです」

 侍女達は顔を見合わせると急いで部屋の隅に行き、直立不動の姿勢をとった。
 スノウホワイトは近場にあったガウンを羽織り、身だしなみを整えると扉に注目した。

 赤毛の侍女が徐(おもむろ)に扉を開き、開ききった場所で扉を押さえて畏(かしこ)まる。

 開いた扉から光輝に包まれた金髪の女性が、しずしずと入ってきた。

「お早うございます、御母様」

 スノウホワイトは右足を後ろに回し、右手を胸の前に当てて深く御辞儀(おじぎ)をした。
 王妃は、にっこりと微笑むとスノウホワイトと同じ作法で御辞儀を返した。

 イース王国王妃、サンシャイン。

 スノウホワイトとは対照的に光が溢(こぼ)れんばかりの金髪。真夏の空の青さ湛(たた)えた瞳。形良く小振りな鼻と桃色の唇。淡褐色の肌は滑らかで健康的だった。
 彼女は三つ編みにした金髪を後頭部に纏め、銀糸で佳麗な刺繍の施された青いドレスを優雅に着こなしている。
 サンシャインもまたグエディン最高の美姫と噂される女性だった。

 イースの国に並び立つ二人の麗人は顔を上げると静かに対峙(たいじ)した。

著者

朝羽 ふる
朝羽 ふる
未熟者ですがよろしくどぞ

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