【文豪】

真白き雪のような君へ【21】

《雪の結晶……なの?》
 
 サンシャインは俄には信じられなかった。
 確かに降る雪を掌で受けると、時折美しい六角形の結晶を見ることがあった。
 爪先ほどに小さく、花のように可愛らしいものだ。
 それに比べ上空を舞う白い塊は、余りに大きく、傲慢な姿をしていた。

 虚人は右足で胸壁を蹴り、左足を引き抜くと屋上に降り立つ。
 聖槍に身体を削られたせいか、以前の俊敏さがなく、鈍い動きだった。

 自由になったクレセントは態勢を立て直し、スターケルドを一振りすると、すぐさまメルキオルに突きかかる。
 虚人は黒針を出すこともなく、辛うじて槍先をかわす。
 
 クレセントは間を空けず、更なる一撃を繰り出す。
 おそらく、それが届いていたなら、虚人は焼滅していたはずだ。
 しかし新たな襲撃者の出現が、クレセントを守勢へと転じさせる。

 虚人への攻撃を見たスノウホワイトが、右腕をクレセントに向けて振り下ろしたのだ。
 すると巨大な雪の結晶が三つ、強風を受けた風車のように回転し、彼に襲いかかった。
 
 激しく回転した結晶は前方と左右からクレセントを狙う。
 クレセントは咄嗟に、聖槍を胸の前で掲げて、前方から縦に回転してきた結晶の攻撃を受け止める。
 結晶と槍は激しくぶつかり、クレセントは衝撃力で後ずさり、結晶は上へと撥ね上げられた。
  
 間髪をいれず左右から水平に回転する結晶が同時に襲来する。
 左は頭部を、右は腹部を狙っていた。
 クレセントは頭を伏せて左をやり過ごし、聖槍を身体の右横に突き立てて右を止める。
 止められた結晶は後方へはじかれた。
 
 だが攻撃は終わらない。
 撥ね上げた結晶がクレセント目掛けて急降下してきたのだ。
 サンシャインは叔父を救うため、それを光焔で撃った。

 撃たれる瞬間、縦に回転していた結晶は、正六角形の姿を見せ付ける様に中空で急停止し、光焔を正面から受け止めた。
 金光に包まれた正六角形は、白く発光し、煌く白い破片を周囲に撒き散らす。
 
 光焔が止んだとき、サンシャインは目を疑った。

 六角形は一回り小さくなっただけで、依然中空に存在していたからだ。
 そして何事も無かったように回転し、クレセントへ向けて再び降下した。
 クレセントが体をかわすと、結晶は屋上に突き刺さり、敷石を砕きながら転がった。

 光焔は存在する万物の一切を焼滅させる。
 それは光龍妃の言葉。

 彼女の言葉は神託であり啓示である。
 ヨーデン王でさえ、ひれ伏す威光を持つ。
 しかし今、それが揺らいでいた。

 サンシャインの攻撃を見たスノウホワイトは、眉間に深く影を刻んだ。
 彼女の苛立ちが伝わり、その右腕は二分の一の弧を描きながら鎌首をもたげる。
 一旦天を臨んだ腕は、白真珠の肌を閃かせ、怒りを投げつけるが如くサンシャインに向けて振り下ろされた。

 それを合図に周回していた残りの十数個の結晶が一斉にサンシャインに殺到する。
 あるものは直線的に、あるものは曲線的に。

 複雑な軌跡を描く結晶は、意志を持つように多様な角度からサンシャインを襲った。
 ただし直撃はせず、弄ぶかのように皮膚を掠めていき、浅く太い掻き傷を残していった。
 掻き傷からは、ひりつく痛みとともに血が滲んだ。 

 サンシャインは結晶の動きについていけず、闇雲に光焔を放つ。
 結晶は、あざ笑うように攻撃を避ける。
 運よく捉えても、先の如く正六角形を誇示するように急停止し、その状態で攻撃を受け止めて、光焔をほぼ無効化してしまう。

 肩で息をするサンシャインは、体中についた傷の痛みに追い込まれ、視界が霞んでいくのを感じていた。
 満身創痍とはこのことだ。
 既に限界を超え、いつ倒れてもおかしくない。
 
 それを察知したかのようにスノウホワイトは両手を大きく広げた。
 すると結晶達は上空に舞い上がり、サンシャインを取り巻いて静止する。
 狼の群れが獲物を囲み、止めを刺そうとするかのようだ。
 
 須臾(しゅゆ)の間、緊張が時を硬化させる。

 そして、緊張を砕くようにスノウホワイトは広げていた両腕を胸の前で打ち合わせ、掌を鳴らした。
 破裂音が響くと、結晶達は中心にいるサンシャイン目掛け牙をむいた。
 
「殺すなかれ!」

 ナンビィングの声が響く。

 結晶は、サンシャインの周囲を埋め尽くし、身体擦れ擦れで停止していた。
 眼前で停止する結晶は、獲物にありつけぬ苛立ちを露にし、回転を速めたり遅めたりした。
 
 声が一瞬遅かったなら、サンシャインは挽き肉になっていただろう。
    
「醒母よ、魔女には役目が残っておる」

 スノウホワイトは忌々しそうに鼻にしわを寄せる。

 サンシャインの両目から思わず涙がこぼれる。

 スノウホワイトに殺されかけたという現実と恐怖……。
 自分の不甲斐なさと無力さへの怒り……。
 感情が混ぜこぜになり、涙となって溢れた。

 身体から力が抜け、サンシャインは結晶の檻の中で崩れ落ちる。
 黄金の衣も怯えるように闇に溶けた。

 一思いに殺して欲しかった。
 もう立ち上がる気力も残っていない。 

 白く冥い結晶に居込められ、両掌に顔を埋める。
 母の死を聞き、閉じ籠った部屋で、毛布にくるまり泣き続けた幼い自分と重なる。

 自虐的な思いに浸る彼女の目の前で、唐突に、白色の檻は扉を開いていった。
 顔を上げたサンシャインの瞳に、まばゆい銀の輝きが飛び込んでくる。

「主様、遅れました。お許しを」

 正面の結晶全てを銀の刃で切り落とし、鏡の騎士は優しく謝った。

 リダラの顔を見て、涙が倍になる。
 先程までとは違う、安心と喜びの涙だった。

 仲間を切られた結晶達は逃げるように上昇した。
 視界がひらけ、新鮮な空気が流れ込む。

 リダラの身体には数本の黒針が残っていたが、抜いた痕は既にふさがっていた。 
 彼女の力強い腕がサンシャインを横抱きにする。
 サンシャインは銀箔の首に両腕を回しながら思う。

 リダラが恋人だったらいいのに、と。

「閣下、撤退を!」
 
 結晶に聖槍を突き刺したクレセントはリダラの声を聞き、指笛を二度吹き鳴らす。
 聖槍に炙(あぶ)られた結晶は瞬く間に溶け消えた。

 クレセントは残った結晶の攻撃をいなしながら胸壁に上がり、躊躇無く飛び降りる。

「飛びます」

 頷くサンシャインを抱えリダラは走り、睨むスノウホワイトを横目に、胸壁を飛び越え、宙に舞った。

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