【文豪】

真白き雪のような君へ【20】

「シャイン! 俺達が払ってきた犠牲を思い出せ!」

 クレセントは二の足を踏むサンシャインに訴えかける。

「父さん母さん、ライズ姉さん、それに……、グロウ姉さんにいたっては、生きる屍だっ!」

 サンシャインは胸を突かれる。

 母の姉であるサングロウ。
 彼女は虚無になぶり者にされて正気を失い、廃人となって、今もリヴナードの居城に幽閉されている。

「――俺はこいつらを許さん。たとえ目えぐられ、腕むしられようと、必ず全滅させる!」
 
 叔父の右目からメルキオルに向かって忿怒の火矢が飛ぶ。
 それは光焔に匹敵する激しさを秘めていた。
 だがメルキオルは涼しい顔で、薄笑いを投げ返す。 

「お前も同じだろ、シャイン! こいつらの思い通りにさせていいのかっ!」
 
 彼女が生まれる前から虚無と戦ってきた叔父……。
 やりきれない彼の想いがサンシャインを鞭打つ。
 気持ちは痛いほどわかった。

 自分だってそうだ、サンシャインは思う。
 虚無に対する憎しみは勝るとも劣らない。

 ――でも……。

 どうしてもスノウホワイトを憎むことができない。
 悲しみが先にたち、クレセントの瞋目から顔を伏せさせる。

「馬鹿野郎っ!」

 クレセントの怒声は懇願しているかのようだった。

「大叔父御、これはっ!」

 静かだったナンビィングが声を上げた。
 つい先程まで何もなかったジウの頭上に突如、青い光の渦が現れていた。

 虚無の気配が、俄然、サンシャインの全身に突き刺さり、膚を痺れさせる。
 スノウホワイトや虚人から受けるものとは違う。
 それは最早、気配などという生易しいものではない。
 渦が放っているのは物理攻撃と同じくらい猛烈な鬼気だった。
 
 環視の中、荒野を暴れる竜巻のごとく、渦の中心から回転する青光が漏斗状に垂れ下がり、ジウの翼の中に吸い込まれていく。
 サンシャインもクレセントも戦いを忘れ、不可思議な光景に目を奪われた。
 吸い込まれるにつれて、頭上の渦は小さくなっていき、終には全てが翼の中へ消えていった。
 
 一時の静寂の後、虚人は呼びかけた。

「醒母よ、出でませ」

 劇場の緞帳を開くようにジウが翼を広げる。
 黒いモザイクの幕が上がると今宵の主役は外連味ない仕草で表舞台に再見した。
 皚々(がいがい)たる裸身は月光を吸い取り、依然艶かしく輝いている。

 歩み出たスノウホワイトはすぐに足を止め、眉をひそめる。
 一見、表立った変化は無い。
 
「――如何」

 ナンビィングが問う。

「頭の中でたくさん声がするわ……。魔女を殺せ、光焔を掃えって」

 たおやかな胸の前で両掌を開き、じっと見つめるスノウホワイト。
 自分の変化が良くわからないといった顔だ
 
 だがその時、サンシャインは見た。

 どろどろとした青い異物が、吐き捨てた痰のようにスノウホワイトの全身にへばりつき、時折、嫌らしく蠕動する。
 異物は蠕動しながら、皮膚へ染み込んでいき、スノウホワイトと一体化していった。

 現実かどうかはわからない。
 ただ唐突に、今までスノウホワイトに対して感じたことのない気持ちに襲われた。
 
 ――恐怖である。
   
「醒母よ、新たな力を呼び起こすがいい」

 虚人は半分になった顔を後方へめぐらし、悠然と微笑んだ。

 スノウホワイトは頷くと、右腕を高く掲げ、掌を広げる。
 掌から白い光が立ち上り、頭上で回りだす。
 再来した光渦は、青から白へと色を変えていた。

 柔らかな白光を放ち、ゆっくりと回転する渦は大人二人が手を広げたほどの直径にまで広がっていく。
 そして小指の先ほどの白い欠片を落とし始めた。
 月光に照らされた欠片はキラキラと煌いている。

 白い欠片は風に、ふんわりと運ばれ虚人やクレセントにも降りかかりる。
 ただ、降りかかるとすぐに消えていった。

「げに、これが答えか、輩よ……」

 虚人は感心したように何度も頷いた。

「――雪?」

 クレセントは白い欠片の正体に気づく。
  
「光焔とは、死んだ生命どもの呪いより生まれしもの。非力な生命が余達に抗うために生み出した苦肉の策よ。だが策は功を奏し、数百万を有した輩は焼き滅ぼされ、余達七人を残すのみと相成った……」

 一人芝居のように虚人は独白する。

 サンシャインは自分の頭に響く声の正体を光龍妃に尋ねたことがあった。
 虚無に殺された者達の恨みの声だと彼女は答えた。
 これは虚人の話を裏付けている。

「呪いが功為すならば、焼かれし輩の宿怨にも同様の道あるべし。ゆえに永らくその道を探ったが詮無く、畢竟ウリヘルカンを生成するに至る」

 秋風が悠々と流れ往き、白雪は深々と降りしきる。

 戦いの最中でなければ、なんとも風流な光景だろうか。
 虚人の声は降る雪に似て、静かで寒々しく、サンシャインの心に染み入ってくるようだった。
 
「さりとて諦めはせなんだ。余は折に触れ思索を続け、今、図らずも答えを得た……」

 雪を振り仰ぐメルキオル。

「光焔が魔女という殊更な器を求むるように、新たな力も醒母という格別な器を要したのよ」

《新たな力……》
 
 サンシャインはスノウホワイトの頭上で白く輝く渦を改めて観察した。
 最初に現れたとき、青い渦からは猛烈な虚無の気配を感じた。
 だが、この白い渦からは全く感じない。

 虚無の力が別の何かに変化したのだろうか。
 たとえ強い力だとしても、雪では光焔に敵うはずもないが……。
 
「さあ、醒母よ、心のままに力を振るうてみよ」

 そう鼓舞すると虚人は言下にスターケルドを手離した。
 クレセントは反動で後ろによろける。

 渦の輝きが一層強くなる。
 それに連れて柔らかく降っていた雪が、渦と同様に激しく回転し、速度を増していった。
 スノウホワイトの周りにだけ局地的な吹雪が訪れたかのようだ。
 
 ――そして。

 渦の中から大きな白い円盤状のものが、上方へ向かい飛び出した。
 数はざっと二十余りで、よく見ると円ではなく正六角形だった。
 それはリダラの盾よりも一回り以上大きく、厚みは十倍以上あった。

 渦に近い軌道、遠い軌道、高い軌道、低い軌道……。
 正六角形は夫々に散らばり、緩やかに自転しながら軌道を巡る。
 配置は雑然としているが、速度は統一されていた。

「ナンビィング、名を与えよ。因りて、力は現世に定着せん」

 虚人に応え、ナンビィングは厳かに宣した。

「ならば、雪晶(せっしょう)の力と」

「おお、己にしては気が利く。愉快、愉快」

 メルキオルは、かんらからと笑った。
 

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