【文豪】

記憶と現実 <3>


 私の部屋のたくさんの古い本やCDやレコードを見て、彼は驚いていた。

「これ全部自分で買ったの?」

 私たちはたまたまテレビで放映されていた『タイタニック』の映画を一緒に見た。彼はテレビの正面にあるベッドに横になって、スマートフォンをいじりながら見ていた。私は少し離れたところで、背もたれが半円を描いて前脚の部分までなだらかに繋がっている木でできた重いイスに浅く座り、熱心に見入っていた。私はもう五回はその映画を見たことがあると思う。

映画の中盤、沈みかけた船の中に水が猛烈な勢いで入ってきているなか、ベッドで横になり寄り添う老夫婦、それから枕元で小さな子供たちに優しく話しかける母親が、毎回私の目を引いていた。

「なんで逃げないんだろうね。少しでも生きのびられる可能性があるのに、どうしてあきらめるんだろ。理解できない」

「うーんでも俺も逃げないな。だってやじゃん、助かるかわかんないし。部屋でゆっくりしたいわ」

彼は当然という顔をして、退屈そうに緩やかなカーブを描くつんと尖がった白い鼻を眉間からすっと中指ですばやくなでた。

「私だったら絶対あきらめないけど」

彼の陰気な考え方に同調したくなかった私はこう言ったものの、以前よりはこの逃げない人たちの行動について少なくとも彼ら個人の選択としては認めることができるようになってきていた。それはもう単にこのシーンに見慣れたせいなのかもしれないし、その時代の彼らの思想や社会構造についていくらか理解できるようになったせいなのかもしれないし、子供のときよりなんとなく冷めてしまって、フィクションかもしれないシーンに簡単に感情移入できなくなってしまったせいなのかもしれなかった。

最初私には、彼らは悲観的で安易に死を選んでいるようにしか見えなかった。しかしよく考えてみると彼らは、少ない可能性にかけて冷たい海の中で離ればなれになって恐怖と孤独のうちに死ぬよりも、大好きな人と少しでも長く最期の時を共に過ごし安らかに死を迎えたいと思ったのではないか――人生に多くは望まない、誰も永遠の命を持っているわけではないのだから――彼らは最後の場所と、最後に一緒にいる相手を選んだのだ。

 

彼はスマートフォンでニュースを見たり、ゲームをしたりしていて、映画には全く興味がなく、とにかく眠いようで終始あくびがとまらなかった。

 

私は中学から高校にかけて映画狂で、一日に三、四本は家で映画を観て、週一回は映画館に通っていた。だがしばらくして、映画館にはあまり行かなくなってしまった。というのも、映画館で新作を五本観たところで、まあまあ良かったと思えるのが一本、面白かったけれどくだらないのが一本、つまらなかったのがそれ以外、と良作に出会えることが稀であったからで、わざわざ費用も時間もかけて映画館に足を運ぶよりも過去の良作を発掘する方へ自然と向いていった。

昔の「名作」と呼ばれているものはたいてい見た。もちろん全てが本当に素晴らしいと思えたわけではないが、練りに練られたストーリーや重要なメッセージ、印象的なシーンがあり、知的で謎めいた会話をするそこで生きているような登場人物たちがおり、どれも見る価値があったと思えるものばかりだった。

それに比べてしまうと、どうしても最近の映画はレベルが低いと思わざるを得なかった。脚本はぞっとするほど粗悪でつぎはぎだらけで、魅力のない俳優の退屈な演技、堂々と使われるひどいCGに何度もがっかりさせられた。その場ではそれなりに楽しめても、しばらくたつと何も残っていない中身のないものばかりだ。映画の最盛期は過ぎ、映画はもはや単に一部の人達が金儲けをするためだけの道具になってしまった。――こうして質が下がったのは映画だけではなく、音楽でも文学でも美術でも同じく目先の利益が優先され、そのものの質の高さに関わらず経済的に生産性の高いものこそ素晴らしく、価値があるとされる風潮は多くの芸術家たちを落胆させ、偽物ばかりがはびこる現状をつくってしまった。いつの時代でも、何も考えずこだわりも持たず長いものに喜んで巻かれる人々はいて、その多数決での決定は絶対なのだ。

 

映画館へあまり行かなくなってからしばらく経った頃、カメラが趣味の学生時代の友達の桃花に付き添って行った貸暗室で、目盛りがついた露出タイマーを意味もなく回して遊んでいたとき、ふと不思議な懐かしさと安心感に包まれるのを感じた。不思議に思ってその原因を辿って考えたとき、ほとんど何も見えない真っ暗な暗室の暗さが何度も一人で長い時間を過ごした、あの映画館の暗さに似ているせいだと気づいたときにはすごく動揺したし、純粋な気持ちで映画館に足繁く通っていた頃の自分を思い出して、一瞬胸が苦しくなった。

著者

Ria
小説家志望です。
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