【文豪】

真白き雪のような君へ【19】

 虚人の胸に突き刺さる赤き光。
 光命の騎士団はそれを聖槍と呼び、跪拝(きはい)する。
 虚無の手勢はそれを呪槍と呼び、唾棄(だき)する。

 蛇龍が自らの鱗より打ち鍛え、リヴナード家の御祖に与えし槍。

 ――焔牙槍スターケルド。

 虚人の左胸、左肩と上腕、そして顔の左半分が焔に焼かれ一瞬で灰になる。
 支えを失った左の前腕は、開花できなかった花蕾のように形を残したまま、ぽとりと屋上に落ちた。

 メルキオルは半分になった顔に苦笑いを浮かべる。
 
「仕損じたか」

 クレセントは悔しそうにつぶやいた。
 そんな彼を虚人の背後からスノウホワイトが冷たく睨んでいる。
 
 クレセントは槍を引き戻し、次の攻撃に移ろうとした。
 しかし虚人の右手が素早く槍の柄を掴み、それを阻む。
 身体の大部分を失ったものの虚人の力は未だ精強だった。

 虚人は左のつま先を杭のように胸壁へ打ち込み、掴んだ槍先を右腋に抱えると、柄を引き込んでいった。
 クレセントは足を踏ん張って耐えていたが、じりじりと引き寄せられる。
 終には互いに手を伸ばせば届く程まで近づいた。
  
「なるほど魔女の弟よ。見損なったぞ。槍がないと雌の尻に隠れたは謀(はかりごと)か。余だけでなく騙(たばか)りが天職の虚無の王まで欺くとは。見事よ」

 クレセントの目前で虚人は愉快そうに言った。

「人間をなめるなよ! 糞ったれが!」

 クレセントはメルキオルに唾を吐きかけ、槍を強く振る。
 だが顔面に唾を受けても、メルキオルは目を開けたまま槍を放さなかった。
 
 槍を放棄すればクレセントは自由になれる。
 しかし、放した瞬間、虚人に反撃される。
 いかにクレセントでも無手では虚人の攻撃を防げない。
  
 尚且つ、この状況はサンシャインの攻撃も難しくした。
 虚人を攻撃すれば傍にいるクレセントも少なからず被害を受けるからだ。
 強引にクレセントを引き寄せた理由はこれだろう。
 
「醒母よ、余の後ろから動くでない」

 スノウホワイトは素直に頷く。
 彼女もサンシャインが攻撃できないとを知っているのだ。
 
「片目猿めっ! この方がどれだけ尊き存在かわかっておるのか!」 

 一方、ナンビィングは怒りを露に、罵声を上げる。

「畏れ多くも御創主(みつくりぬし)が御自ら生み出された方達なのだぞっ! おのれら人間の命を百万奪っても、つり合あわぬわっ!」

 サンシャインは、これだけ取り乱すナンビィングを知らなかった。

 「シャイン! プロミネンスでスノウを撃てっ!」

 クレセントが怒鳴った。
 叔父の右目はギラギラと輝いている。

 プロミネンスとは光焔術の奥義の一つで、身の内にある力の全てを焔柱にして撃ちだす技である。
 
 サンシャインは激しく頭を振る。

 ここでプロミネンスを使えば、クレセントやリダラもただではすまない。
 さらに、城は焼け崩れ、射線にある城下町も住民も焼失するだろう。

「躊躇してる場合かっ! 今スノウを護る者はいない。これは最大の好機だぞっ!」

 聞いていたスノウホワイトは眉を寄せると、ゆっくりと右腕を上げ、指先をサンシャインへ向けた。
 美しく妖しい濃紫の輝石もまた、サンシャインを見据える。

 サンシャインの鼓動は跳ね上がる。
 様々な想いが心に渦巻き、思考を停止させた。

 だが、スノウホワイトはサンシャインの躊躇いなど気にも留めず、冷徹に、指先から青い光を解き放った。

 青光がサンシャインに届く瞬間、黄金の焔は再び月下のイスタップ城を昼間に変える。
 金焔は襲来する青光を飲み込んで消し去った。
 なめらかで均整のとれた淡褐色の肢体は今また焔に隠された。

「やれ、シャイン! 俺のことはいい! スノウさえ滅することができれば、いくらでもつりがくる」

 サンシャインは痛みにうずく左太腿と左肩をかばいながら、よろよろと立ち上がる。
 焔中にある青い瞳は彼女の内面を写すように、かげってみえた。

《スノウ……》

 呼びかけるが返答はない。
 代わりに氷の視線が突き刺さる。
 サンシャインは未だスノウホワイトを敵とする覚悟ができていなっかた。

「シャイン!」

 苛立つクレセントの声。

「ジウよ、まろびて来よ!」
 
 メルキオルがジウを呼びつける。
 立つのを諦めたジウは、横に転がりながらやってきた。

「醒母を包み護るがよい」

 主の言葉に従い、ジウはスノウホワイトの右横で停まる。
 そこで上体を起こし、翼を広げた。

「醒母よ、ジウの下へ」
 
 スノウホワイトは汚らわしげにサンシャインから視線を外す。
 そして軽やかに振り返り、巨大な獅子の顔を見上げた。
 見つめられたジウは甘えた声で鳴いた。

 鳴声に促されるようにスノウホワイトはジウの腹の方へ静々と進む。
 よきところまで進むと、赤子を抱きかかえるように優しく翼が包み込む。
 スノウホワイトの姿は怪鳥の翼の中に消えうせた。

「甲羽を」

 虚人が更に指示すると、瞬く間に、羽根の一枚々々を黒い金属片が覆っていく。
 羽根だけでなく、たてがみの上にも小振りな金属片が現れる。
 いつしかジウは褐色の羽根ではなく、黒い長方形の金属片を継ぎ合わせた鱗鎧と兜をつけた姿となっていた。
 
 恐らく金属片もメルキオルの針と同じ素材でできているに違いない。
 光焔による通常攻撃で焼滅するには、かなりの労力が必要だろう。
 傷ついた今のサンシャインに、そんな余力はなかった。

 取り得る手段は、残った力の全てを一撃に込めたプロミネンスを使うことである。

 だが……、自分にできるのだろうか。
 スノウホワイトを焼滅することが……。
 自問自答の鎖がサンシャインをがんじがらめにした。

「ナンビィングよ、為すべき儀あり」

 クレセントを罵り続けていたナンビィングにメルキオルは呼びかけた。
  
「――儀とは?」

 ぴたりと罵りをやめ、ナンビィングが尋ねる。

「光焔に滅されし輩(ともがら)の怨念を集め、醒母に降ろす業よ。余達の王である、そなたにしかできん」

「魄でなく怨念と?」

「いかにも。魄は年月に風化するが、怨念は未だ強く世に満ちておる。それを集めよ」

「何故に?」

「余の力は尽きかけておる。ゆえに醒母自身に戦わしめん」

「しかし、醒母の力では光焔には抗せませんぞ」

「さこそ儀を行う由よ。余に誤りなくば、稀有な様が見られようぞ」

 メルキオルの顔右半分に底意地の悪い笑みが浮かぶ。

「――つかまつらん」

 ナンビィングは今一つ要領を得ないようだった。
 虚無の王にさえ太古の知恵を持つ虚人の思惑を推し量ることは難しいのだろう。

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