【文豪】

真白き雪のような君へ【18】

 激しく打ち鳴らされる鐘の音が城下から聞こえてきた。
 時を告げる神殿の鐘は緊急時には街からの避難警報となる。
 城下は逃げ惑う人々で大混乱に違いない。

 無事に逃げて欲しい。
 新たに負った左太腿の深い傷を押さえ、サンシャインは民を思いやった。 
 
 メルキオルの針を幾たび焼滅させただろうか。
 身体の傷は少しずつ増え、痛みも強くなっている。
 さらに、ブルーヘイルを治療した疲れが、ここにきてサンシャインの身体を鉛のように重くした。

 対するメルキオルは、全く疲労の色をみせず、湧き出す針を途切れることなく投げ打ってくる。
 サンシャインは飛来する針だけでなく、メルキオルに本人にも光焔を放っているが、その敏捷な動きについていけず、空を切るばかりだ。
 それどころか、針の防御に気を取られているすきに、背後や側面に回りこまれ、直に攻撃を受けた。
  
 身体の周囲に光焔で壁を作れば直接攻撃は避けられる。
 だが壁に意識を向けると、今度は飛来する針を焼滅させることが難しくなる。
 どちらに重点を置いても、虚人はその逆をついてくる。

 攻撃は冷徹な計算に裏付けられていた。
 光焔の魔女と恐れられても、戦士の力量はメルキオルの方が格段に上だった。

 針の欠片によって身体中につけられた無数の傷跡。
 更に加えられた太腿への深い一撃。
 押さえた指の隙間から鮮血が溢れる。

 いつしかサンシャインは歩くことさえ難しくなっていた。
 身にまとう黄金の焔は色あせ、力が減衰していくのが見た目にも明らかだった。

 頼みのリダラは不自由な手つきで一本ずつ針を抜き取っていた。
 ある程度抜ければ、また動きが戻るかもしれない。
 しかしそれまで自分はもつだろうか。

 絶望感に苛まれるサンシャインの視線は自然と、スノウホワイトに向かった。

 城の屋上は、南北に長い長方形で、南北と西の胸壁の中央に尖塔が立つ。
 西の塔が最も高く、裏庭の真上であり、屋上への出入り口が開いていた。

 サンシャインとメルキオルの戦場は西の塔の前である。 
 リダラは屋上のほぼ中央にいる。
 北の塔の下では、ジウが立ち上がろうともがいていた。

 そして、スノウホワイトは前庭の真上、東側の胸壁の中央にいた。
 彼女は虚人と魔女の戦いに興じることなく、胸壁に背をもたれ、つまらなそうに月を見上げている。

 艶やかな蒼玉の髪は清風に伶々と波打ち、濃紫の瞳は月光を受け紫水晶の燦爛を写す。
 人を超えた麗しさ、人を超えた禍々しさ、相反する力が一身に融合していた。

 サンシャインは下唇をかみ締め、目を背ける。
 
 そういえばクレセントはどうしただろうか。
 戦いに集中して叔父の存在を失念していた。

 これまで叔父は全く戦いに参加していない。
 歴戦の猛者であり、虚無との戦いに度々勝利してきた彼なら、この窮地を打開できるかもしれない。

 サンシャインは叔父を捜す。

 するとジウに掴まれ、ひしゃげた南の塔の側で、剣を構えたクレセントが身じろぎ一つせず立ち尽くしていた。

 ヨーデン全軍から戦士の師表とされる叔父。
 それが戦いもせず隅にいるなど、怯えているようではないか。
 何か策があってのことか。
 しかし月影に隠れ、表情は窺えない。  
 
 メルキオルもクレセントの逡巡を感じ取っているのだろう。
 戦いを始めて以降、一度も彼に注意を払わなかった。

 ふいに、メルキオルが足を止める。
 そしてサンシャインを凝視した。
 
「光焔が下僕よ、衰えおるな」

 虚人は悲しげに眉をひそめる。

「鼠をいたぶる猫の心持ぞ。つまらん。ここで終いか」

 そう言った途端、メルキオルはサンシャインの目の前に移動してきた。
 黒い針が突き刺さる、サンシャインはそう思い、激痛を覚悟する。
 意に反し、足払いをかけられ、彼女は倒れこんだ。

 メルキオルは起き上がろうとするサンシャインの喉を左手で掴んで屋上に押さえつける。
 虚人の手は幼児並みに小さいが、力は巌のように強く、喉を掴まれただけで身動きができなくなった。

 サンシャインは光焔を発して、虚人を焼滅しようとした。
 だが黒い針の切っ先を左目に突きつけられ、思いとどまる。

「光焔の気配あらば、瞳を貫き、脳髄に刺し入れん」

 メルキオルは茶飲み話でもするように、おぞましい言葉を吐く。
 サンシャインは恐怖に凍りついた。
 まとっていた黄金の輝きは消え、淡褐色の裸身が露になる。

「大叔父御!」

 ナンビィングが慌てて声をかける。
 
「しつこいぞ、承知と言っておろう」

 メルキオルは呆れたように言い返す。

「命は取らん。されど、光焔への恨み、多少なりと、この下僕に肩代わりさせん」
 
 振り上げられた針が、サンシャインの左肩に突き刺さる。
 猛烈な痛みが肩から全身へと駆け抜け、声の無い悲鳴へ変わった。
 生暖かい液体が腋へ流れ落ちていく。

「主……様……」

 憂苦に震えるリダラの声が遠くに聞こえた。

「先代は腕がきかなんだそうな。それに倣い、片腕えぐり取ってくれよう」
 
 メルキオルが再び針を振り上げる。
 サンシャインは、目を閉じ奥歯をかみ締め、襲い来る痛みに備えた。

 その時だった。
 今まで無為にしていたクレセントが絶叫した。
 
 敵も味方も呆気にとられ、目をそばだてる。
 
 クレセントは叫びながら剣を投げ捨て、スノウホワイトの左傍まで走り、胸壁に飛びのる。
 そこで深呼吸し、熱唱する歌手のように両腕を広げ、怒鳴った。

「飛ぶぞーっ!」

 スノウホワイトは横合いで狂態を演じるクレセントを一時注視したが、すぐに鼻白むと、月へ視線を戻した。

「加勢できぬ悔いに、自害せんとてか」

 せせら笑うメルキオル。

「否や、大叔父御。奴こそ先代魔女の弟にして、光命の騎士どもの頭目、用心めされ」 

「呪槍なくば、片目猿にすぎん」

 ナンビィングの忠告を相手にせず、メルキオルは腕を抉り取る作業を続けようとした。
 
 ――唐突に、赤銅色の輝きが夜空に浮かび上がる。

 それは人の背丈程ある光の線にみえた。
 光の線はスノウホワイトとクレセントの間の中空を縦に上昇し、赤光を撒き散らす。

「これはしたり!」

 ナンビィングが声を荒げる。
 メルキオルも手を止め、顔を向ける。

 クレセントは飛び上って光の線を掴むと、落ちるに任せて、スノウホワイトに向けて突き出した。

 突き刺さる寸前、咄嗟に飛び出したメルキオルが盾になる。
 虚人の左胸に刺さった赤い輝きから、黄金の焔が噴出した。

「大叔父御っ!」

 サンシャインは初めてナンビィングの悲鳴を聞いた。

コメント & トラックバック

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  1. 時雨薫
    時雨薫

    久々の更新!
    一話から読み返してみようかしら。

    • 朝羽 ふる
      朝羽 ふる

      読んでくださり、ありがとうございます。遅筆、駄文なもので恥ずかしいんですが、よろしければ感想、批判などいただけると嬉しいです。あまり頻繁にサイトを訪問しないので返事が遅れてしまうときがあります。そのときはお許しください。時雨さんのお話読ませていただきました。蜘蛛の足、自分にない発想でとても面白かったです。どうぞこれからもごひいきに(=゚ω゚)ノ

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