【文豪】

真白き雪のような君へ【17】

 光は屋上いた者達の目を貫いた。

 あまりのまばゆさに耐えられず目を閉じたジウは、あしゆびを降ろし、翼に顔を埋め、忌々しそうに吠えた。

「なんて嫌な光」

 スノウホワイトは、額の上に掌をかざして目を細める。

 黄金の焔は、サンシャインの身体に近いほど光量を増し、その輪郭を煌々と燃え立たせる。
 今や彼女は人の型をした小太陽だった。

 再度リダラに仕掛けようとしていたメルキオルも、足を止め、右腕で目を覆う。

 リダラは艶やかな銀色の顔に金光を反射させながら、メルキオルに生じたわずかな隙をついた。
 腕を上げたメルキオルの右脇腹目掛けて、剣を斜めに切り下ろしたのだ。

 四方に放たれていた光焔の輝きは、次第にサンシャインに向かって凝縮していく。
 そして目もくらむほどの眩さが消えると、灰燼と化した青いドレスの代わりに、燃え盛る黄金の炎が裸身を包んでいた。 
 
 本来、衣服が燃えれば、着した者は火傷を負い、ただでは済まない。
 しかし見つめることさえ難しい黄金の裸身は、朱い脆弱な炎など寄せ付けないほどの力と熱を持ち合わせていた。
 
 ――光焔の魔女。
 
 その名の前では高雅なドレスも凛々しい甲冑も意味を持たない。
 なめらかで豊満な裸身を包むのは光であり焔なのだ。
 
 焔の中、彼女の裸身は僅かに暗く、影のようにしか見えないが、唯一、蒼穹に伍した青い瞳だけが強い輝きを放っている。
 それはあたかも焔そのものに瞳があるかのようだった。
  
 まぶしさが消え、ジウは翼から顔を上げる。
 幾度か目を瞬かせた後、人の二倍程の高さにある獅子の口が牙をむき、蛇のように息を吐いた。
 そして十数人の将を囲えるだろう陣幕のごとき巨大な翼を広げ、サンシャインに向かって突進した。

 リダラの剣はメルキオルの脇腹を切り裂くかと思われた。

 ――だが。

 メルキオルの腋から下方に向けて、腰骨からは上方に向けて、黒い針が突き出し、ちょうど脇腹あたりで交差して、リダラの刃を受け止めていた。

 「一寸足らぬな」

 メルキオルは右頬を上げ、にやりと笑う。
 その途端、全身から黒い針が突き出した。
 両脚、両腕、腹、胸、顔、頭、目玉からさえも……。
 まるで渚に潜むウニだった。

 リダラは瞬間たじろいだ。

「未熟」

 弟子を叱るかのようなメルキオルの言葉。
 間髪を入れず全身から針が飛び出す。
 針はリダラの胸から顔面にかけて突き立つ。
 今度は彼女がウニになる番だった。

 突進するジウに対したサンシャインは右掌を上に向け、何かを差し出すような仕草をする。
 すると掌から金色の焔の塊が浮き上がり、ジウ目掛けて流星のように走った。
 焔はジウの左足にあたって燃え上がる。
 足は一瞬で焼滅し、灰になって掻き消えた。
 
 片足を失くしたジウは左斜め前へ倒れこみ、突進の速度を維持したまま屋上を転がる。
 そのままサンシャインの脇を抜け、氷柱を数本倒し、反対側の胸壁にぶつかった。
 ジウは、すぐに起き上がろうとしたが、自分の左足が無いことに気づき、憤激の咆哮を上げる。
 しかしいくら喚いても立つことはできなかった。
 
「間抜けめ。なぜ甲羽を使わん。それでは与えた意味がなかろう」

 メルキオルが頭を振りながら、ジウに歩み寄る。
 ジウは申し訳なさそうに弱々しく鳴いた。

 サンシャインは、はっとして青い眼を見開き、リダラの姿を探す。

 先刻までメルキオルと戦っていた場所に上半身を黒い針山にしたリダラが片膝を突いている。
 リダラは剣を屋上に突き刺し、つかまって立ち上がろうとしているが、身体が震え、思うように動けないようだ。

 側に侍して以来、戦場でリダラが後れを取るのは初めてだ。
 彼女の無残な姿がサンシャインの心に深い恐怖と重い怒りの感情を呼び起こす。
 母が死んだ七歳の頃の気持ちが蘇ったようだ。

《リダラっ!》
 
 助けようと駆け出すサンシャインに、メルキオルが立ちふさがる。

「光焔が下僕よ、お互い従者を欠いたな。畢竟(ひっきょう)、主同士の戦となるか」

 語りかけるメルキオルの両腕全体から黒い針が湧き出してくる。

 サンシャインの脳裏に光焔の訴える声が強く響き始める。
 光焔は彼女の怒りと恐怖を感じ、より強くその意志を操ろうとした。
 音の無い光焔の叫びがこだまする。

《滅せよ! 滅せよ! 滅せよ!》

 しかし光焔に意志を奪われれば見境無く力が行使される。
 そうなればイスタップは一瞬で焦土となりかねない。
 サンシャインは意志を強く持ち、叫び声を遠ざける。
 
「光焔生まれし時より二十万年、余達は光焔に勝つことを慮ってきた。しかし永らく勝機を見出せなんだ。――されど!」

 メルキオルは両腕を無造作に振った。
 腕についた針が一斉にサンシャインに向かって飛んでくる。

 サンシャインは壁を押すかのように右掌を前に突き出した。
 掌から光焔が放射状に放たれ、飛来する黒針を包み込んだ。

 存在する万物全てを焼滅させる光焔。
 そこに例外はない。
 メルキオルの針も溶けて蒸発する。
 否、するはずだった。

 サンシャインの身体に激痛が走る。
 痛みの場所を見て、目を疑った。

 小指の先程の穴が開き、血が溢れていた。
 穴の中には黒い金属片が埋まっている。
 そんな穴が身体にいくつか見つかった。
 
 針が完全に焼滅しなかったのだ。
 光焔の力を凌いだということか。
 これもまた初めてのことだった。

「余達は或る時悟った。勝つ必要はない。負けなければいいとな」

 語るメルキオルの両腕に再び針が、びっしりと生え揃う。

「この針は余達が生成せし新元素、ウリヘルカンによってなるもの。さして硬度はないが、耐熱性において比倫を絶する」

 メルキオルの満面に喜悦の笑みが浮かぶ。

「いかに光焔であっても、この針を焼滅せしむには時がいる。つまりは焼滅しきる前にそなたに届くということよ。浅手であっても無数ならば必ず致命となろう」
 
「大叔父御、殺してはなりませんぞ」

 ナンビィングが指摘するとメルキオルは渋面を作る。

「心得おるわ、無礼者め! 己に逐一指図されとうない。無敵の光焔を足蹴にしたのだ。余韻にひたらせよ」

「ならば結構」

 素っ気無い応えにメルキオルは舌打ちし、サンシャインに視線を戻す。

「ここからは地力勝負よ。そなたの光焔が尽きるが先か、余の針が尽きるが先か」

 メルキオルに笑みが戻る。
 
「互いの身を削る戦が、これほどの快楽とはのう。先に逝った輩が没頭するわけよ」

 子供のように目を輝かせたメルキオルは両腕を振り、黒針を放った。

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