【文豪】

真白き雪のような君へ【16】

 青黒い夜空をイスタップ城めがけて飛ぶ一羽の鳥。
 確かに鳥である。
 だが、あまりにも大きかった。

 巨大な鳥は瞬く間に城に近づいてくる。

「鳥……なのか……?」

 クレセントが呆然とつぶやいた。

 巨鳥は、ある時から羽ばたき止め、空中を滑空する。
 
「ご注意を!」

 リダラは短く叫ぶと何も無い中空に向けて電光石火に剣を振るった。
 鈍い金属音が幾つも響き、屋上に何かが落ちた。

 音がした場所には黒色の針のようなものが落ちていた。
 針といっても太く、長く、矢羽のない矢といって良い。
 刺されば、ただでは済まない狂猛さを黒い凶器は備えていた。

 クレセントがリダラに目を向けると、滑らかだった銀の盾に針が数本突き立っている。
 
「リダラ!」

「私のことはお構いなく。それよりご自身と主様に御配慮を。攻撃はあの鳥からです」

 滑空してきた巨鳥は足を伸ばし着陸態勢をとる。
 そして人の腕程もある左右の爪を開き、南側に突き立つ尖塔を掴んでとまった。
 尖塔は爪の力で石積みが崩れ、無残にひしゃげた。
 
 巨鳥は屋上にいる者達を見回した後、月を見上げ、吠える。
 低く太い哮(たけ)り声はイスタップ城全体を振るわせた。
  
「――虚無の眷属か」

 クレセントは顔色を失っていた。

 褐色のごつごつした羽根に覆われた身体。
 先の部分だけが白い尾羽。
 鋭い鉤爪をそなえた黄みがかった足。

 それらを見ると野山にいる鷲をそのまま大きくした姿といえなくもない。

 ただ、いくら巨大であっても鷲ならば、歴戦の勇士たるクレセントをここまで驚愕させはしない。
 つまりそれは鷲に似ているだけの全く別の存在だった。

 荒々しく咆哮を上げたのは、くちばしを有する鳥の顔でなく、褐色のたてがみを逆立て、鋭い犬歯をむいた獅子の顔なのだ。

「大叔父御、悠長なことで」

「難ずるな、ナンビィング。余の責でないぞ。この怠け者が一向に目覚めぬからよ」

 獅子の顔を持つ怪鳥の上からナンビィングに応える声が聞こえた。
 古風な言葉使いには似つかわしくない幼子の声だ。

「とにかくも御出陣、真に重畳」

「ふん、己は気に食わぬが、醒母が顕現したとなれば古き約定を果たさねばなるまいて」

「これは、随分の言われよう」

 ナンビィングは自嘲気味に言った。

「それなるが当節のレテニュか……」

 幼子の言葉が未だ終わらぬとき、獅子の首元からリダラに向かって黒く鋭い影が再び飛んだ。
 リダラは素早く精確な動きで影を払い落とす。
 
「やるのう。だが余の方に一日の長があるか」

 リダラは何事もなかったかのように剣を構えているが、彼女の左肩と右太腿には黒い針が突き刺さっていた。
 
《ああ、リダラっ!》

 呆然と座り込んでいたサンシャインは友人の無残な姿を見て正気を取り戻した。
 リダラは剣をかざして、近づこうとするサンシャインを制する。

「大丈夫です、主様。私よりもご自身を御守りください」

 言いながらリダラは太腿の針を引き抜く。
 金属と金属がこすれあう、ぞりぞりという音がサンシャインの心をかき乱した。

《ごめんなさい。もっと早く気付いていれば……》

「気になされますな。主様が落ち着かれたならば、傷を受けた甲斐があるというもの」

 リダラは鼻で笑うと今度は肩の針を引き抜いた。

 獅子の首の上から何かが飛び上がり、スノウホワイトの横へと降り立つ。
 それはスノウホワイトの半分ほどの身長しかない人物だった。

 スノウホワイトは全く動じず、冷たい視線で小さな来訪者を見下ろす。

「ふむ、醒母よ。拝顔叶い、欣快なり」

 来訪者は意地の悪い笑みを浮かべる。

 青い皮膚と真っ白な髪。
 瞳と唇の色はスノウホワイトと同じ。

 神官や巫女が着る袖の無い祭服を身に着けているが、色は黒で、腹を革紐で結び、下半身は膝あたりで裾を切り落としてある。
 また、足には革のサンダルを履いている。

 整った顔は男性か女性かわからないほどに美しく、愛らしいが、口元に浮かぶ笑みは酷薄さを湛えている。
 見た目は幼児だが、雰囲気は狡猾な老人のように感じられた。

「あなたは?」

 感情の無い声で、スノウホワイトが尋ねる。

「姫よ、この方は太古の貴種の残。七人の虚人(こびと)の御一人、メルキオル様である」

 ナンビィングが代わりに答えた。

《――七人の虚人……》

 スノウホワイトの存在を無理やり視界から追い出し、サンシャインは隣にいる小さな魔物を険しい表情で凝視した。
 メルキオルは面白そうに、サンシャインを見返した。

「そなたが代替わりした光焔が下僕なるか。ふむ、ナンビィングの申す通りよの。古にもこれほどの力を持つ者はおらなんだわ。だが、こうでなくては面白うない」

 メルキオルは横で静かに佇むスノウホワイトを見上げる。

「醒母の手前、余の力を披露しておこうか」

 今まで、じっとしていた怪鳥が、甘えるように猫なで声を出した。

「おうおう、ジウよ、お前も手合わせを望むか。ならば余はレテニュを、お前は光焔が下僕を、良いか?」

 ジウと呼ばれた怪鳥は了承の証に獅子の雄叫びを上げた。

 雄叫びの響く中、一瞬のうちに、メルキオルがリダラの目の前へと移動してくる。
 その右手には黒い針が握られていた。

 しかしリダラは決してメルキオルの速さに負けてはいなかった。
 メルキオルの頭部に向けて銀の剣を正確に振るう。
 
 メルキオルは剣を針で受け流し、リダラの背後に回りこみ、そのまま飛び上がって彼女の右首筋に針を打ち下ろす。

 リダラは振り返ることなく剣を右肩に担ぐように回し、針を受け止めると、疾風の如く身体を左に半回転させ振り返り、メルキオルの腹部を剣でなぎ払った。

 メルキオルは腹部を切り裂こうとした剣を針で受け止めたが、勢いに負けて、横に飛ばされる。
 屋上の外に飛び出しそうになったが、針を胸壁に突き刺すことでそれを防いだ。
 そして針を支点にして倒立回転し、その勢いで針を抜き、屋上に舞い戻る。
  
 一方、ジウは軽く羽ばたいて屋上に降り立つとサンシャインとクレセントに肉食獣の視線を射掛ける。

 サンシャインは叔父をかばうように前に出て、ジウの圧力を一人で受け止めた。

「聖槍があれば戦えるのだが、この剣では防御が関の山だろう。すまんな」

 クレセントがサンシャインの背後で謝った。
 サンシャインは大したことでは無いという風に首を振り、叔父に微笑みかける。

 後ろを振り向いたサンシャインの隙をジウは見逃さなかった。
 どう猛なあしゆびを持ち上げて開き、その鋭い爪でサンシャインを掴もうとする。

 槍先のような爪が突き刺さろうとしたとき、サンシャインの身体が黄金色に発光した。
 

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