【文豪】

刺さった棘に塗られた毒は 1


 

「何これ、わかんな」

 勉強は嫌いだ。地域で最底辺と馬鹿にされる高校に通っていながら、そこでの勉強にすらついていけず、一学期の成績は赤点が四つ。つまり、赤点だった科目で出される赤点課題が四つ。普通の夏季課題はやらないとしても、赤点課題をやらないと、進級ができない。それは困るので、私は学生生活が始まって以来、初めて課題に取り組んでいた。

「ねぇ桜ー、これわかんない」

 私は難しそうな問題集をサラサラと解く、目の前の少女に助けを求めた。塚田桜。県で一番の進学校に通う自慢の幼なじみ。頭のいい桜と、馬鹿な私。どうして未だに付き合いが続いているのか、自分でも不思議だ。

「ちょっと待って、これ解き終わったら見る」

 私が何度質問しても、桜は嫌な顔をしないで付き合ってくれる。優しい。どうにかして恩返ししないと、いつか見捨てられそうだ。どうしよう。

 そんなことを考えながら、問題に取り組む桜の顔を覗き込む。私は桜の、すっきりとした鼻が好きだった。メイクで綺麗に見せているだけの私の鼻と違って、元の形が綺麗な鼻。羨ましい。私はぼーっと桜の鼻を眺めた。

「はい、終わったよ。あんた、何そんな人の顔じろじろ見てるの」

 気がつくと桜は問題を解き終わっていて、困ったような顔で私を見ていた。

「桜ってさー、鼻綺麗だよね」

「何言ってんの、数学やるんでしょ」

 心の底からの感想なのに、あっさりと流されてしまった。桜は呆れた顔をし、で、どこがわからないの、とため息混じりに聞いた。

「あ、えっとね、ここなんだけど…」

 桜が私のプリントを覗き込む。彼女の長い髪の毛がさら、と机に落ちた。

 あれ、と思った。髪の毛が動いたことで表れた彼女の首に、赤い痕があった。

「えと、桜?あの、キスマークみたいの見えてる」

 私がそう言った瞬間、桜はバッと手で首を覆った。

 私は困惑した。友達にキスマークを指摘されたくらいで、あんなに顔色を変えて素早く隠すのはとても不自然だった。しかしそこで、私はいや、と思い直す。桜くらい真面目だったら、これはあんな反応をしてしまうくらい恥ずかしいことなのかもしれない。だとしたら、私は余計なことを言ってしまった。

 謝らなければ、と思った瞬間、桜が頭を下げた。

「ご、ごめん」

「いや、私こそ…でも桜もそんなことするんだー、いつから彼氏いたの?」

「あ、えっと…つい最近…」

「えー、そんな最近なのー?それでキスマークって早くない?」

「いや、最近って言っても三ヵ月前…とか」

 私は瞬きをした。三ヵ月前というと、私の高校の体育祭の頃だ。桜は体育祭を見に来てくれて、そのとき高校で一番仲良しの友達に彼氏ができてしまって寂しい、私も彼氏欲しいなー、と言っていた。ということは、あの時点では桜に彼氏はいなかった。もしかしたらその直後に彼氏ができたのかもしれないが、それはなんとなく違う気がした。

 桜は、私に何か嘘を吐いているのではないか。

 一度そう思うと、その考えはどんどん大きく重くなっていき、そのまま私の胸を押しつぶした。

 黙り込んだ私を見て、私が納得したと思ったのか、桜は少しだけ困ったように笑って問題の解説を始めた。

 けれど私の頭の中は、どうして桜は嘘を吐いて、キスマークを見られたくらいであんな反応をしたのかという疑問が渦巻いていた。

 彼氏ができたことが言えなかっただけだとしても、さっきのキスマークを見られたときの反応はどうしてもおかしい気がした。真面目な桜のことだから、恥ずかしかったのかとも思ったが、それにしてもあの慌てっぷりは変だった。

わからない。わからないけれど、なぜか、何かが胸に突っかかり、不安で仕方なかった。考えれば考えるほど、頭の中にどんどん灰色のぐちゃぐちゃとしたものが溜まっていく。自分の頭の回転の遅さが憎かった。

結局、桜の解説をろくに聞くこともできず、私はいつまでもぐるぐると考え続けていた。

著者

しお

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