【文豪】

すいかがはぜる


 学校の近くにあるパスタ屋でバイトをしてから帰宅すると、玄関の前に大玉すいかが落ちていた。
 アパートのちいさなドアの足元に、ごろりと転がる大玉すいかを見つけたとき、私はそのことを何とも思わなかった。寝ぼけた子供みたいに、ああ、玄関に、大玉すいかが、落ちている。そう思っただけだった。大学の講義で頭はパンパン、バイトでは生っ白い腕に二個も三個も皿を載せ、おまけにガールズトークというやつに神経をすり減らした私は要するに疲れていた。
 とりあえずドアの鍵を開ける。すいかを抱え込む。力を入れてみる。すごく、重い。ぬおー、という、友人たちにはとても聞かせられない野太い掛け声をかけて私はすいかを持ち上げる。よたよたキッチンまで運んで、安っぽいテーブルの上にそっと置く。シーソーみたいに、すいかが揺れた。
 すいかをテーブルに放ってしまうと、私は妙に満足してすとんと椅子に腰掛けた。学校に行って、バイトに行って、さらにすいかを持ち上げた、今日この日。居残り勉強をやり終えた後みたいな達成感と、それに覆いかぶさるような脱力感が私を包み込む。さあ、どうしようか。
 どこかに紙でも張り付いていないか、と私は座ったままテーブルの上のすいかをぐるぐる回す。それか文字が書いてあるかもしれない。Eat me.私を食べて。いやいや食べちゃいけないでしょう、そんなの罠に決まってる。それでも私は悩む。そしてきっと、食べちゃうだろう。お腹を壊して救急車で運ばれる。警察に事情聴取を受ける。玄関にすいかが置いてあったんです。あなたそれ食べたんですか、何も疑わずに?……はい、食べました。
 人差し指ですいかの頂点をとす、と押さえて回転を止めた。残念ながら、そういう展開はなしだ。見当はついている。このすいかは、アパートの大家さんが家庭菜園で作っているもの。おすそわけ、ということだろう。そういえばこの前は、上の方のまだ青いトマトでぱんぱんに膨らんだレジ袋が、ドアノブに引っ掛けてあったっけ。目の前のすいかが途端につまらなくなった。
 とりあえず、冷蔵庫に入る大きさに切ってしまおうと、私は包丁を持ち出して構えた。きらりと光る刃の先がすいかに触れる、寸前に、私の頭の中で音がした。
 はぜる。
 おや?私は動きを止めた。まるいまるい、面白いくらいまるいすいかの後ろにちらほらと景色が見える気がした。夏ーー夏の空、雑草、ぼろぼろのランドセル、縁側、すいかの種。ゆーたの、背中。汗。
 すいかがはぜる。そう言ったのはゆーただった。
 驚いた。今更、昔の記憶がこんなことで、こんな大玉すいかなんかで呼び覚まされるなんて思わなかった。年取ったんだね。心の中でおどけてみせて、しかし懐かしい記憶は壊れた蛇口からとめどなくあふれてくる。私は包丁をテーブルに置いた。こつ、と音がした。
 ゆーたはすいかが爆発するところを見たことがあるのだと言っていた。よく熟れたすいかに輪ゴムをかけていく。いくつもいくつも、かけていく。すいかの皮が圧力に耐えきれなくなったとき、すいかは爆発する。そりゃもう豪快に、爆弾かと思うほど勢いよく飛んでいく、どうせテレビで見たに過ぎない光景をゆーたはしつこいほど自慢した。
 じゃあやってみてよ、と私は言った。いや、言った、そうだ。私は全然覚えていないのだけれど。ゆーたはその気になった。その途端、私は怖くなって、やっぱやめようよ、ばくはつなんて危ないよ、とゆーたを引き止めた。スイッチの入ってしまったゆーたを止めることなんてできなかったけれど。完全にゆーたの使い走りと化した私は、スーパーで小玉すいかと大量の輪ゴムを買った。学校帰りで、実験現場は手入れのされていない空き地だった。
 それから……それからの記憶が、ない。意気地なしの私はすいかが爆発するまで輪ゴムをかけることができなかった。結局こっそり家に帰ったのだ。ゆーたを置いて。
 その日、近所だったゆーたが帰宅するのを私はどきどきしながら待った。爆発でゆーたの指のひとつでも吹っ飛んでしまったかもしれない、と馬鹿みたいに心配していた。そうなったら私も怒られるだろうし、それに、指が飛ぶなんて。やきもきしながら縁側に座っているとゆーたが現れた。髪の毛と顔とTシャツに、黒い粒が飛び散っていた。すいかの種。
「すいかが、はぜた」
 いきなりそう言ってにっと笑った――ゆーたは、知らない人みたいな顔をしていた。
 置いていかれた、と私は思った。目の前にいるゆーたは寝癖頭で汚いTシャツとジーンズで、どこから見たっていつもと同じなのに、いつの間にか、私の知らない人になってしまった。私は「爆ぜる」なんて言葉、知らなかった。そして、すいかがはぜるところを見なかった。
 今日まで、ずっと。
 ゆーたは今、私の知らないところにいる。父の転勤で引っ越したり私が実家を出たりしているうちに、いつの間にか高校生になって、大学生になって、またもや知らない人になってしまった、らしい。だからもう関係ない人であるはずなのに、勝手にあふれてきた思い出やら感傷やら、そんなものが、私の狭いアパートをゆるゆる満たして居座ろうとしていた。
 ふと思い立って私は棚に置いてある箱から輪ゴムをひとつ取り出した。のばして、テーブルの上のすいかに、かけてみる。ちょうど真ん中で、止める。ほおお、とため息が出た。
 しばらく眺めてから、もうひとつ、輪ゴムをかける。すこし傾いたままバランスを取っているすいかが、揺れた。二十三度。地球の傾きはいくつだっけ?
 すいかが止まる。もうひとつ。ゆーたはすいかに齧り付きながら、はぜる、はぜる、と繰り返していた。齧る音、そう聞こえねー?なんて言って、口の周りをすいかの汁でぐしょぐしょにして。
 もうひとつ、かける。はぜるって爆ぜるって書くんだよ、そういうのとは違うと思うよ?ゆーたより後にその言葉を知ったくせに、私は偉そうにそんなことを言った。確か。かけた輪ゴムをピン、とはじく。すいかはびくともしない。
 また、もうひとつ。こんなんじゃいつまでたっても爆発しない。ゆーたが使ったのはもっとちいさなすいかだったし、輪ゴムも半端な量じゃなかった。でも、でも、すいか、割れないかな。
 もうひとつ。分かってる、私はこのすいかを爆発させる気なんてない。きっと、あと十分もすればあきらめて、でもすこしほっとしながら、すいかをどうにか片付けるのだろう。分かっていて、それでも私は椅子から腰を上げない。
 だから、もうひとつ。ああ、永遠に終わらない。私はすいかからぴしり、という小気味よい音が聞こえないかと耳を澄ます。そしてそこから甘い赤い汁が滴るのを、それが私の手を濡らし、乾いてべとつくのを、ただひたすらにぼんやりと思い描く。
 ぱしりと、ゴムがひとつ切れた。

著者

春野
春野
物心ついたときから、お話ばかり作って暮らしています。
日本語と料理と音楽と、梶井基次郎が好き。

未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします。
批評を頂けるととても嬉しいです。

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