【文豪】

完成された不完全 1

僕には何も無い……今日も疲れた体を癒すため、眠る。
そんな毎日の繰り返し、明日も、そしてこれからもそんな毎日なのだろう。
何かを諦めたわけでも、何かに挫折したわけでもない、何かを成し遂げて燃え尽きたわけ
でもない。昔から僕はこういう人間だ。
絶望はしないが、何かに希望を見出すこともない。誰かに何も期待しないが、失望することもない。

そろそろ眠ろうか……また明日も何気ない日常が始まるのだから……

起床すると目を擦りながらPCを立ち上げ株価と為替の動向をチェックする。
トレードで生計を立てるのは苦労した。なぜ勝てないんだと発狂しそうになり
何度PCのモニターを叩き壊したか……今の生活は気に入っている。
誰にも邪魔されず、時間的にも経済的にも豊かな生活ができていると思う。
今日は気分がのらない……トレードは中止にするか。

椅子から立ち上がり、壁際に置いてあるエレキギターを手にする。
スタックアンプの電源を入れ、ギターを接続する。
アンプの真空管と自分の耳の鼓膜が悲鳴を上げる程の大音量でギターをかき鳴らす。
防音工事を施したとはいえ、近所迷惑にならないか?と毎回不安に思うがすぐにその心配は消える。
正直、ギターはそこまで詳しくないし、上手く弾けるわけじゃない。
だけど音の塊の中に自分が入っていくような、世界と自分の境目が曖昧になり、
自分がどこかに消えていくような、不安とも期待ともちがう感情が湧きあがってくるのが
たまらなく好きだ。
一時間程弾いただろうか?耳がさすがにキ―ンとする。アンプの電源を落とし、ギターを元の位置に置く
ただギターを弾いていただけで、別に何かが変わるわけじゃない。
それでも、何かが変わっているんじゃないか?と気分が高揚する。
そんなことを考える自分自身がこの瞬間だけ変化しているのか?
何故か僕は一人で笑ってしまうのだ。この瞬間に、それも毎回。

簡単な朝食を済ませて外をぶらぶらと散歩するのも僕の日課のようなものだ。
今日はどこまで歩いていくか?と考えながら家の玄関を出る。
僕が住んでいるのは、どちらかといえばみすぼらしい平屋だ。
なんとなくで購入したものだが、今はかなり愛着のある我が城だ。
そんな城の壁にスプレー塗料で落書きされたら、誰だって気が滅入るだろう。
だが、僕はもう慣れた。最初は消していたのだが、面倒になり放置しているのだ。
不思議なもので放置していると新しい落書きが増えることは次第に無くなっていった。
色々な落書きがあるが、特に目立つものがある真っ赤な塗料でかなり大きな文字だ。

「くたばれ人殺し。か……」
僕はそう呟くと落書きだらけの平屋から出てきた僕を奇異の目で見るご近所さんに
「こんにちは。」と笑顔で挨拶した。
ご近所さんは戸惑っていたが、毎度のことだと僕は気にせず散歩にいった。

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