【文豪】

となりの宇宙人さん。上

 

 ここはF県中部。銀色に赤ラインの宇宙人と胡瓜が有名な街。一応新幹線だって通っています。駅はありませんが。

 その真ん中を流れるS川のほとりで、きらきら光る流れを見つめながら、頬杖をついて物思いにふけっている内気そうな制服姿の女の子、この子がこのお話の主人公、円谷(つむらや)さんです。優しい風が河原の草をなでていきます。もちろん、円谷さんの寝癖も。大きなため息。今日の円谷さんはどうもアンニュイです。

「なんだかなぁ」

 円谷さんはそうつぶやくと、後ろにむかって勢いよく倒れこみました。空は真っ青、雲一つありません。とんびが呑気そうに輪を描いて飛んでいます。「不来方のお城の草に寝転びて空に吸はれし十五の心」そんな句が口をついて出てきます。

「不来方ってなんだろ……」

気になりはしますが、追求してみようとは思えません。美しい五月の日。新緑の桜の木がさわさわと音をたてます。どこかで鶯が鳴いているようです。だんだん眠くなってきました。いっそここで寝てしまおうかとも思えてきます。

「不来方、今日の岩手県盛岡市の旧称だ。不来方のお城というのは盛岡城。石川啄木の句だな」

突然、深いバスの声が頭の上から降ってきて、円谷さんは飛び起きました。大きな大きな男の人が土手の歩道に突っ立っています。円谷さんがいつもの黒ぶち眼鏡をかける前に、その男の人はつかつかと歩み寄って来ます。

「私はこの星の文学にも興味があってね。ともかく、君が私の接触した地球人第一号だ。握手しよう」

円谷さんの顔ほどある大きな手が差し出されました。少しためらいましたが、握手を求められて断るのも失礼なので、円谷さんはおそるおそる手を差し出して、目を瞑りました。円谷さんは苦手なのです。握手というものが。

 がっしりとした感触が円谷さんの手を包みました。ゆっくり目を開けて、円谷さんはその男の人の顔を確かめます。あんまり背が高いものですから、よく見えません。つながれた手をみて、円谷さんは飛びのきました。

  その人は親指が二本あったのです。円谷さんは腰を抜かしてしまって立ち上がれません。

「ごめん、ごめん、驚かせてしまったかな」

すこしも申し訳なくは思っていなそうな快活な声でその人は言いました。

「でもまぁ、私も驚いたのだからお互いさまということにしようじゃないか」

円谷さんはずれたメガネをなおして、改めてその人の顔を見ました。出っ張った頬骨、小さくて真っ黒なゴマ粒みたいな目、その上に二つ空いた小さな点々はたぶん鼻の穴です。人間じゃない、円谷さんは直感でそう思いました。いえ、確かに円谷さんでなくてもこの人が人間でないことくらいすぐにわかるとは思いますが。

「私はアークトゥルス第五惑星政府の直属調査員、ヨーギア・シンドル。地球人類の生態調査をしに来たんだ」

その男の人改め宇宙人ヨーギア・シンドルは、聞いてもいないのにぺらぺらと話し出します。

「この街の住民はみな宇宙人に友好的なようだからね。調査対象にはもってこいなんだ。さっきもそこの駅前の宇宙人の銅像を見てきたよ。まったく地球人の想像力というものには感嘆するね。やっと衛星に到達したばかりの科学力しかないというのに早くも宇宙人の存在を想定しているのだからな……」

話を聞くうちに、円谷さんはこの男の人が何者であるか、今自分の目の前で何が起こっているのかを理解し始めてきました。地球人と宇宙人とのファースト・コンタクト。人類史に燦然と輝き続けるであろう歴史的な出来事です。

「……まぁ、とにかくそういうことさ。私は君たち地球人類と友好的な関係を築きたいと思っている。それから、一つ重大なお願いがあるのだがね」

ヨーギア・シンドルは突然真面目そうな声になって言いました。記憶でも消されるのでしょうか。

「厚かましいお願いだということは重々承知しているのだが、私に地球名をつけてくれないか?調査に必要なんだ」

円谷さんは遠い目をしています。無理もありません。急展開すぎます。しかしこの宇宙人、そんなことには少しも気が付きません。

「いや、ごめんよ。無論ただでとは言わないさ」

ヨーギア・シンドルは円谷さんの肩を指して言いました。

「君が名前を付けてくれるなら、その右腕を治してあげようと思う」

 円谷さんは右の袖をぎゅっと握りしめました。円谷さんには右腕がありませんでした。小学校の時、骨の病気で肩から先を切断したのです。義務教育の間はそのことでいじめられ続けてきました。高校に入ってから環境は変わりましたが、それでもどこか、疎外されているような感覚がのこっていました。円谷さんは握手が嫌いです。円谷さんはヨーギア・シンドルを睨み付けました。

著者

時雨薫
時雨薫
中央アジアに行きたい。
【この作品の最初の評価者になりませんか?】

5段階で評価をお願いします!一番左が「1」、一番右が「5」となっています。
※一度評価をしますと取り消しができませんのでご注意ください。


次回に期待・・・もう少し普通良い文章最高! (まだ投票されていません)
Loading...
コメント 0件

コメントはこちら

Return Top