【文豪】

トロイメライの春 四

 先生が私だけの先生になってから、五か月も経った頃でしょうか。その年は夏が随分と長引いて、九月も半ばに差し掛かったころだというのに、私も、先生も、大概は半袖を着てすごしていました。

 余程のことがない限りきっちりした身なりを崩そうとしない先生が、ポロシャツの上のボタンを開けているのは何とも新鮮で、先生がまた堅苦しいいつもの服装に戻るのが嫌なばかりに、私はひそかに夏がいつまでも続くことを願っていたのでした。

 それに、夏がいつまでも続いてると思いたい理由は他にもあったのです。

 学校を休み始めて、早一年が経とうとしていました。どうにか保健室まで行くことはあったのですが、やはり教室には入れないままでした。夏なら、夏が続いているのなら、みんな学校はお休みだ。無理のある理屈ですが、自分が不登校でいるばかりに父と先生とに迷惑をかけているのではないかと考え始めていた私にとっては、夏が続いていると自分に思い込ませることは、いい気休めになったのです。

 父の帰宅の時間は少しずつ遅くなっていきました。仕事が忙しい時期に入ったのだそうです。そんなに忙しいのなら、会社に泊まれば楽なんじゃないかと聞いたことがあります。父は何も言わずに、少し微笑むと、私を膝にのせてぎゅっと抱きしめました。

 先生はというと、この人はどうも暑いとき程活発になるようで、草刈りをして散歩をしてと、活動的な生活を送っていました。或る日など私を天ぷら屋に連れて行き、高校生の男の子が食べるような大きな天丼を平らげてしまったほどです。体力の衰えが目につき始めていた頃でしたから、こんな風な先生の若々しい姿を見ることは、私を深く安心させました。

 その年の演奏会は、トロイメライを弾くことにしました。教室の演奏会とはいえ、生徒は私一人しかいないのですから、実質リサイタルです。そのことは私をひどく不安にさせました。元々、演奏会というものがあまり好きではなかったのです。上品なお嬢さんに見えるような衣装を着て、おすまし顔で演台に上がり、まるで自信に満ち溢れた出来る子であるかのように振る舞わなければならない。私にはそんなこと出来そうにありませんでした。しかも、聴衆の中には先生の知り合いや、かつての教室の生徒といった身内でない人々が山ほどいるのです。演奏会はいつも苦しい試練でした。しかも、今年はそれを一人でやらなくてはならないのです。

 或る晩家に帰ると、その日は確か土曜日でしたが父はまだ帰ってきておらず、家はしんと静まり返っていて、ただ消し忘れたのであろうリビングの灯りだけが私の帰りを待っていました。暑さが続いているとはいえ、日は確実に短くなりつつありました。外はもう薄暗く、どこか私の知らない所で秋が進行しているかのように思われました。

 ソファに寝転んでも、真っ白な天井しか見えませんでした。目を閉じて、今日あったことを思い出しました。先生はこの頃とても元気だけど、熱中症になったりしないかしら。今日の昼ごはんは美味しかったな。明日は私がサンドウィッチを作って持っていこう。トロイメライはやっぱり難しい。悲しい曲じゃないはずなのに、私が弾くとどうしても悲しく聞こえてしまう。そういえば、今日は一度でもお父さんの顔を見たかしら。

 私はじっとしていられなくなって、立ち上がりました。そうだ、今日私はお父さんに会っていない。お父さんはずっと仕事だ。大変なのは知っているけれど、少しくらい構ってほしい。構ってくれなきゃさびしい。

 そう思ってから、私は自分がとても申し訳ないことを考えてしまったような気がしました。私がちゃんと学校に行きさえすればいいんだ。学校で友達を作ればいいんだ。それしきのことができない私が悪いんだ。

 自分が嫌いで、でも学校に行くと言い切る勇気はなくて、色々なことから目を背けていたくて、考えることが嫌になった私は、おもちゃのピアノを弾きました。トロイメライは弾く気になれませんでした。右手だけで弾いたハッピーバースデートゥーユーは、ずっと遠くから聞こえてくるような気がしました。

著者

時雨薫
時雨薫
中央アジアに行きたい。

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