【文豪】

真白き雪のような君へ【13】

「姫の下へ参られます」
  
 リダラが答える。

「居所をご存知なのですか?」

 驚くスヴァンに軽く頷いたサンシャインは、天井を見上げる。

「我等の頭上に」

 指を待つことなくリダラは断言した。
 
 スヴァンに王の身柄を任せ二人は部屋を後にした。
 廊下に出ると待っていたクレセントがすぐさま合流する。

「状況は?」

 クレセントの問いに、リダラは推測できる事実を説明する。

 レオナインが全裸であることから、おおよその察しはついた。
 ブレスドレインを慕うスノウホワイトが身体を許すはずがない。
 つまりスノウホワイトは手篭めにされたのだ。

 サンシャインは腹の底から怒りがこみ上げるのを感じた。
 人殺しは容認できないが、スノウホワイトも死ぬ程の苦痛を味わっただろう。
 愛情の無い、力ずくの交わりは、女にとって殺人と変わりない。
 
 戦乱絶えぬこの世界では、男の理論、戦いの理論が優先される。
 その理論の前で女達は、戦の道具でしかない。

 道具にされた女達は、もてあそばれ、癒えることない傷を負い、生涯血を流し続ける。
 これが運命だと自分をだましながら。
 
 しかしスノウホワイトはそれをよしとしなかった。
 彼女の意志は血の報復によって女の運命を拒否したのだ。
  
 ――そしてきっと、あの狡猾な虚無の王は、そこにつけこんだのだろう。
 
「虚無の敵であるはずの人間が、虚無をつくりだす。性質の悪い冗談だ……」

 説明を聞いたクレセントは眉間に深いしわを刻んだ。

「これよりさき、戦いは避けられますまい。閣下には心積もりがございますか」
 
「侮るなよ、リダラ。聖槍がなくても、光焔で鍛えられた剣があれば十分だ」

 クレセントは腰に提げた朱鞘の剣を叩いてみせた。

「結構です。では参りましょう」

 三人は屋上に続く階段を駆け上がる。
 階段の行きつく先、闇の中、月光が四角く切り取る出口が見えた。
 出口を抜けると、冷ややかな秋風が遊ぶ、静かで変哲の無い屋上が現れる。
 ただ、見慣れた光景の中に、奇妙な青い柱が数本立っているのが目を引いた。

「姉様、やっといらしたのね」
 
 声は出口の正面から聞こえた。
 胸壁の上で足を伸ばして両腕を後ろに突き、空を見上げている人影がある。
 まるで日光浴をするように、青く降る月影を白い裸身一杯に受けるスノウホワイトだった。

 彼女の口元には涼しげな笑みが浮かんでいる。
 グエディンの至宝とうたわれた愛らしい笑み。
 だが、その容姿は元の彼女とは程遠いものだった。
 
 新雪のように白く柔らかな肌はさらに白さを増し、むしろ灰色を感じさせる。 
 腰まで伸びた本黒檀の艶を持つ黒髪は、透き通った青色に変わり、月光を透過させて蒼玉のきらめきを放つ。
 桜桃を思わせた唇はザクロの赤黒さをまとい、母譲りの淡い碧色の瞳は濃紫色に輝いている。

 聞き知った声がなければ、スノウホワイトとは気付かない。
 知らぬ者ならば夜に戯れる淫魔かと見紛うだろう。

 変わり果てた姿を目にしたサンシャインは震えるほどに両拳を握り締める。
 わずか数十歩の距離なのに、二人の運命は天と地ほどに離れてしまった。
 後悔と怒りが、ない混ぜになり、涙があふれてくる。
 
「姫よ、哀れな姿ですね」

 サンシャインを守るようにリダラが前に出る。

「哀れ? 思い違いよ、リダラ。私、すごく良い気分なの。ありのままに戻った感じよ」

「愚かなことを……。虚無がどれほど邪悪か知るまいに」

 クレセントが汚らわしげに言い捨てる。

「クレセントおじ様もいらしたのね」

 スノウホワイトはふわりと屋上に降り立つ。
 
「リダラもおじ様も、うるさいな」

 彼女は口を尖らせ青い柱の一つに近づいていく。

「二人にも、この兵達のように黙ってもらおうかしら」

 柱の中に人の形が見えた。
 目を見開き、身体をかばう様に腕を上げて固まった衛兵だった。

 スノウホワイトは柱に抱きつくと美しい裸身をすりつけた。
 ぬめりのある青白い裸体が上下にうねる。
 未成熟な肢体がかえって熟練の娼妓でさえ敵わぬほど淫らな動きを生み出した。

「私を捕縛しようとするからいけないのよ」

 スノウホワイトは不気味な哄笑をあげた。
    
「畜生となりはてましたか」

 リダラは白い目を向ける。
 動きを止めたスノウホワイトは柳眉を逆立てた。

「昔から嫌いだったけど、本当にひねり殺したくなるわね、リダラ」
 
「身に余る光栄です、姫よ」
  
 胸に手を当て頭を下げるリダラ。

 スノウホワイトは頬を引きつらせ、リダラに向かって蝿を追い払うように右腕を振る。
 手の先から青く鋭い閃光がリダラに向けて飛んだ。
 閃光が胸に突き刺ささると、リダラは一瞬で青い柱に変わった。

 面食らったサンシャインは柱に駆け寄る。
 手を触れると指先に冷たさを感じた。
 氷の柱だったのだ。

「お似合いよ、リダラ」

 スノウホワイトは口元に手を当て、ほくそ笑む。

《リダラっ!》

 サンシャインは心で叫んだ。

《大丈夫です、主様》 

 頭の中に返答があった。

 リダラの身体が黄金色に発光する。
 光は氷を割り崩し、出てきたリダラは氷片を悠然と払い落とした。
 
「何で平気なの」

 スノウホワイトが目をしばたたかせる。

「その者もまた、人にあらず……」
 
 スノウホワイトの方向から別の声がした。
 だが、姿はない。 
 陰鬱でしわがれた声音。
 サンシャインにとって憎んでも余りある宿敵、ナンビィングのものである。
 
「――むしろ我等に近しき存在。命無き物に光焔が力を与え人の形をとらせた者」

「人間じゃないんだ」

 スノウホワイトは好奇心にあふれた視線をリダラに向けた。
 鼻を鳴らしたリダラは蔑んだ目でスノウホワイトを見返す。

「リダラよ、光焔の傀儡(くぐつ)よ。前任の轍(てつ)を踏み、一敗地にまみれるか」

 耳障りなナンビィングの声はリダラを揶揄(やゆ)する。

「ナンビィングよ、虚無の道化よ。お前の下賎な口説など蚊の音にも劣るわ」

 無表情なリダラの顔が狂猛な怒りの炎に包まれる。

「お前たち、痴れ者が主様にした仕打ち……、おのれの存在に代えて償え」

 普段、侍女が身に着ける紺色の粗末なロングワンピース。
 その袖口と襟元から柔らかな銀色の光が漏れ始め、露出している両手と顔を包んでいく。
 しばらくして光が消えるとリダラの両手と顔の皮膚は、鈍い輝きを持つ銀箔へと変わっていた。

 さらに目、鼻、口は消失し、彼女の顔面は、つるりとして光沢のある銀匙の裏側のようになっている。
 元の面影をしのばせるのは秋風にゆらめく特徴的な赤い髪だけだった。

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