【文豪】

トロイメライの春 三 下

 私が一つの曲をこんなにも弾きこむのは初めてのことだったからでしょう。学校の授業めいた話は嫌いだった先生が、シューマンという作曲家の人生について聞かせてくれたのです。それまで知っていたどんなお話よりも、そのときの先生の話に私は感銘を受けました。というのも、恥ずかしいことですが、私はそのときまで作曲家という存在について考えたことが少しもなかったのです。

 自分が今弾いている曲は、遠い昔を生きた人の人生の証。そう考えると、ただ好きだからというだけの理由で弾いていることが恥ずかしくなって、その上、その曲に込められた思いの深さというものが生きた感覚として伝わって来たのです。

 ロベルト・シューマンは一八一〇年、ザクセン王国の裕福な家庭に生まれました。彼が本格的にピアノを始めるのは十歳でギナジウムに入学してからのことですから、音楽を生業とする者としては遅いほうでしょう。彼のピアノの腕前はみるみる上達していき、即興の幻想曲や変奏曲をよく家族や友人の前で演奏したと伝えられています。

 ライプツィヒ大学に進学してのち、シューマンは師ヴィーク、そしてその娘、当時まだ九つだったクララに出会います。彼女はシューマンの前で、それはそれは巧みな演奏をしたのだと言われています。これは私の勝手な空想なのかもしれませんが、このとき、シューマンはすでにクララに心惹かれていたのではないでしょうか。音楽家の道と法学者の道との間で揺れる青年シューマン、その彼が、自分よりもはるかに年下の少女が限りなく完璧に近い演奏をするのを聞いて、何も感じないとは思えないのです。

 そして、これはきっと貴方も知っていることでしょう。無理な練習が祟り指を故障したシューマンは、ピアニストとしての道を断たれてしまうことになるのです。

 シューマン二十五歳の時、クララがピアニストとして華々しいデビューを飾ります。この演奏を聞いたシューマンはクララを絶賛し、以降、強く彼女を求めるようになります。その後はご承知の通り。激怒するヴィーク、クララを追い続けるシューマン。ヴィークによる妨害に疲れ果てたクララは、一時シューマンとの恋をあきらめようともするのですが、二年後の演奏会でシューマンから贈られたピアノソナタ第一番を披露し、彼の求婚に応じたのでした。

 二人の結婚は、作曲家シューマンと演奏者クララによる二人三脚の音楽活動の幕開けでもありました。幻想小曲集、ピアノソナタ第三番、そして子供の情景。彼の著名な作品は皆、クララに捧げられたものでした。クララは巧みな演奏で、それらに生命を吹き込んだのです。

 この上なく美しい愛の形だと思いませんか?

 そして先生からこの話を聞いたとき、私は、トロイメライの持つ浮遊感のような、或いはメリーゴーランドから見た景色のような心地よさの正体に気づいたのです。それはつまり、愛されることの幸せなのだなと。

著者

時雨薫
時雨薫
中央アジアに行きたい。

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