【文豪】

真白き雪のような君へ【12】

 サンシャインは思わず立ち上がり、城を見上げる。
 裏庭の真上にある最も高い尖塔が、月明かりに照らされて闇に浮かび上がっていた。

《まさか、スノウ……》
  
「戻りましょう」

 リダラの表情が険しい。

 エントランスから入ると城内が騒然としていた。
 正面階段の脇には落ち着かない様子の衛兵達が隊長を中心に額を集めている。
 兵の一人がサンシャインを見つけて敬礼すると全員がそれにならった。
 隊長が慌てて駆け寄ってくる。
 
「陛下、一大事にございます」

「何事でしょう」
 
 リダラが代わって尋ねる。

「姫様の居室におきまして、レオナイン殿下の遺体が発見されました」

 サンシャインは一瞬大きく目を見開き、すぐさま、きつく目を閉じる。
 そして腹部の前で祈るように指を組ませた。
 
「現在、将軍が検分中ですが、おそらく殺害されたと思われます」

 眉間にしわを寄せ、立ち尽くすサンシャイン。
 脳裏にはヨーデンの草原で、はしゃぐスノウホワイトの姿が浮かんでいた。

 ブレスドレインと三人、泥だらけになるまで遊び回った幼い日。
 懐かしく愛すべき大切な思い出……。
 しかし、ふいに現れた黒い染みが、あちこちから湧き出して思い出を食い荒らす。
 清らかな心象のタペストリーは、やがて粉々になり、ゴミくずのように散っていった。

「王妃様、いかがしましょう」

 リダラの声がサンシャインを現実に引き戻す。
 サンシャインは目を開き、静かに指を動かした。
 それを見て取ったリダラが隊長に伝える。

「あなた方は各国の使節に、アカド人による襲撃の恐れありとして帰国を促し、城から退避させてください。ただしオスカの使節には、レオナイン殿下は所用のため、後から合流すると伝えてください。それから全住民を近隣の町へ避難するように触れてください」

「全住民を……ですか?」

 戸惑う隊長に向かって、しなやかに指が動く。

「今日がイスタップ最後の日となるかもしれません」

 か細く美しい指が紡ぎだした言葉は、心無く恐ろしい王都の運命だった。
 赤毛の侍女に見入られた隊長は、一瞬怯えた表情になる。
 しかし気を取り直したように敬礼すると、兵達に命令を発した。

 兵達は二手に分かれ、一方は城を出ていき、隊長が率いるもう一方は二階の客室へと向かった。
 サンシャイン達も兵の後を追うように階段を上る。
 二階の踊り場まで来たとき、人影が行く手をふさいだ。

「陛下」
 
 低いけれど魅力的な声音。 
 銀ボタンの並ぶ紺色の上着、臙脂色の細身のズボン、腰に朱鞘の剣。
 人影はクレセントだった。

 彼は渋い表情でサンャインを見つめる。
 向けられる右の瞳は美しいけれど厳しい光を宿していた。
 
「止められませんでしたな」

 至極当然のようにクレセントは言う。
 サンシャインは下唇を噛んで、うつむいた。

 騎士団は当初、スノウホワイトを手にかけるつもりだった。
 しかしサンシャインは、彼女を虚無にしないという条件で命を救ったのだ。

「やはり、人であるうちに冥界へ渡されるべきでした」
 
 非情な言葉に屹度したサンシャインは顔を上げ、叔父をにらみ返す。

「閣下、今さら主様を責めても無意味です」

 リダラの声は、主を非難された怒りで冷え切っていた。

「リダラ、お前にも責があるぞ」

 猛禽の如き右目が、リダラを捉える。
 しかしリダラは臆することなく、鼻で笑った。

「お知恵の回る閣下なら、この時間が無駄だとおわかりでしょう」

 クレセントは忌々しげに舌打ちした後、苦笑いを浮かべた。

「俺にそんな口をきくのは女房とお前だけだ」

 ヨーデンにいた頃、毎日のように見てきた二人の毒づき合い。
 サンシャインは呆れながらも頬を緩めた。
 漂っていた刺々しい空気が消失する。
 三人は互いを確かめるように頷き、足並みをそろえて三階へ急いだ。

 階段を上り切ると左右に伸びる廊下が現れる。
 スノウホワイトの居室は左の廊下の中ほどにあった。

 数人の衛兵が部屋の前で立哨(りっしょう)している。
 サンシャインが近づくと緊張していた兵達は、ほっとした顔つきになった。
 彼女は兵の間を滑るように抜けて部屋に入る。
 
 油灯に照らされた室内は白々しいほどに明るかった。
 そこには数人の兵と宰相スヴァン、そして近衛軍大将ビヨンがいた。
 二人は古参の重臣である。

 禿頭で痩せぎすのスヴァンは白い絹の寝巻き姿で、ベッドの周囲を苛々と歩き回っている。 
 一方、ひげ面で巨躯のビヨンは、胸当てや篭手で武装しており、今が非常事態であることが見て取れる。
 彼はベッドに横たわるレオナインの死体を苦りきった顔で見下ろしていた。

 二人はサンシャインに気付くと、胸に手を当てて敬礼する。

「陛下、困ったことになりました」

 スヴァンは、すがりつくような表情で訴えた。
 その後ろからビヨンが、のっそりと歩み寄る。
 
「将軍、姫は?」

 リダラが尋ねると、ビヨンは顔をしかめた。

「目下城内を捜索中です。――陛下、状況からして殿下を殺したのは……」

 サンシャインは嘆息しながら頷いた。
 指が軽やかに動き、リダラが伝える。
 
「将軍には、早急に近衛軍を招集して、この城を包囲されますよう」
 
「この城をですか?」

 ビヨンは解せぬ顔だ。

「姫はおそらく魔物に憑かれたかと」

「魔物!」
  
「前の大戦で我らに仇(あだ)なした者達です」

 光命の騎士団と同様に虚無の存在も秘事とされる。
 そのため、一般的には魔物という言葉を騎士団は使う。

「魔物は姫の身体を奪い、この世を終末に導こうとしています」

「――まさか」

「この部屋の惨状こそ、その始まりです」
 
 スヴァンとビヨンは息を呑み、顔を見合わせた。

「魔物をできる限り城に押しとどめ、時間を稼ぎ、反撃態勢を整えるのです」

 スヴァンは肩を落とし、右掌で何度も顔を撫でた。

「国王陛下が病だというのに……」

 リダラは言葉を継ぐ。

「宰相閣下には国王陛下を冬の宮殿にお連れして欲しいとのことです。あそこならば当分は安全かと」

「姫はどうなりますか……?」

 沈痛な面持ちのビヨン。
 強面で名が通った将軍だが、実は根の優しい人物だった。
 サンシャインは彼を励ますように微笑む。

「姫のことは自分に任せて欲しいと仰せです」

「重体の国王陛下さえ御救いくださったのだ。お任せしよう」

 宰相は自分の三倍はあろう将軍の背中を軽く叩いた。
 ビヨンは深く頭を下げると、兵を連れて出て行った。

「陛下は、いかがなされるので?」

 気遣わしげなスヴァンが尋ねる。
 

コメントはこちら

Return Top