【文豪】

服の切れ目で縁を切れ! 1


 橋本鋏(はしもと はさみ)は、ただの木刀マニアではない。入学式で出会った剣道部のとある先輩に憧れて木刀を購入してからというもの、帯刀が趣味になった。事情を知らない学外の人は、鋏のことを剣道部員と勘違いしているだろうが、鋏はれっきとしたダンス部員である。とはいえ、第四高校の多数の生徒は、一年六組に帯刀が趣味な変人がいるという事実を知っているだろう。
 世の教師たちの融通とは、得てして、きかないものである。鋏は高校に入学した直後から、生徒指導室の常連だ。今日も昼休みという貴重な休息時間を生徒指導に費やされている。
「なぜですのや? 髪の毛だって肩についたから結んだし、スカート丈だって膝丈にしているじゃありませんのや?」
「見た目はいいんだ。問題はその木刀だ。剣道部でもないのに」
 生徒指導部長の「グングン」こと、群治学年主任は鋏を目の敵にしている。
「剣道部は持っていいのに一般の生徒は持っちゃダメなんて決まりはないのですや。実用じゃなくて、キーホルダーのようなものですや!」
「キーホルダーにしてはでかすぎる」
「あら、他の子たちもカバンにじゃらじゃらと、マスコットだの、人形だの、牛だの、いろいろくっつけてるじゃありませんのや? 私のゲンシくんだけ引き放そうとするのは理に適わないですわや」
 鋏は、その「ゲンシ」と名付けた木刀を愛おしそうに抱き抱え、あくまでも教師たちに食ってかかった。
「ゲンシくんは、先輩への愛が濃縮された存在なのですや。何人たりとも、触れさせはしないのですや」
 日々指導を受けながらも先輩への熱い想いを語り続ける鋏の姿に、教師陣とて人間である、次第に指導を諦める姿勢を見せる教師が増えていった。
 だが、そんな教師たちの中に、グングンの他にもう一人、あくまでも鋏の帯刀を止めさせようとする女がいた。新人の国語教師、麻呂真由美。通称「麻呂眉」である。
「濃縮だあ? どんな不埒な感情を煮詰めてんだか知らねえが、あたしの丑寅にゃあ効かないね」
 麻呂眉はスーツの上から羽織っている、トラの毛皮のマントを親指で指してみせる。
「矛盾ならぬ、刀皮の決着をつけようじゃないか。子の木刀をもって、我が皮をとおさば如何」
 一瞬にして、生徒指導室の空気は張り詰めた。ゲンシを握り締め、鋏は息を殺して麻呂眉の隙を窺う。中央に集められた机の周囲を摺り足で歩きながら、二人は見合った。麻呂眉は丸腰である。だが、その凍て付く視線だけで鋏を、部屋の隅に避難した教師陣を威圧していく。
 動いたのは、麻呂眉だった。隙を狙う鋏の呼吸を崩すかのように、不規則なステップで距離を詰める。刹那、椅子が薙ぎ倒される。麻呂眉の足元目掛けて振り抜かれたゲンシの一撃は、丑寅をかすることさえなかった。
「遅い」
 麻呂眉は鋏の繰り出す突きを身を反らしてかわし、勢いのままに間を詰めた。
「くっ……」
 壁に背を打ち付けた鋏の喉元に、麻呂眉の手刀が突きつけられていた。
「身のこなしが甘い。筋トレと基礎トレからやり直せ。今日の居残りはお前の苦手なボックスステップを左右百五十回ずつだ。あんまりにも成長がなければ、次回の大会に出してやらんぞ」
 ダンス部の顧問であり、インストラクターでもある麻呂眉は短く言い放ち、マントを翻して生徒指導室を後にした。部屋の隅で体をくねらせながら震え上がっていた担任の藤岡が、辺りを見回して麻呂眉がいなくなったことを確認してから小さく溜息をついた。
「ハサちゃん、あんまりビクビクさせるようなことしないでよね」
「はーい……わかりましたや」
 あからさまに不貞腐れてしょぼくれた鋏の頭を、ポンポンと藤岡は撫でた。オネエらしい柔らかな微笑みを浮かべて、藤岡は鋏に手を差し伸べる。
「ほら、午後の授業始まっちゃうわよ」
 藤岡に促されて、鋏は手を取った。その手の中指を、幾何学の紋様が刻まれたごつい指輪がすっぽりと覆っている。
「そうだ、渡すものがあったんだったわ」
 何とはなしに藤岡の手を見つめていた鋏が、顔を上げる。と、緩く結んだ髪留めの辺りに硬い感触が伝わってきた。
「なんですや? これ」
「僕からの贈り物。大切に使うのよ?」
 簪のように刺さっている「それ」を、鋏は抜き取った。
「……串?」
 それは、バーベキュー用の鉄串だった。

著者

八子 棗
気の向くままにいろいろ書く人。

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