【文豪】

ケケ山の記 第一章1


 クルルは山の子である。代々放牧をして暮らす一族の十四の少年である。クルルには家族がいる。先の戦で片腕を失った父と、肺病みの母。二人の姉は街へ嫁に行ってしまった。

クルルがいつものようにゲア(家畜の一種。深い体毛を持ち、寒さに強い)に乗って水汲みに行くと、池のほとりで、長い編んだ髪の少女が顔を覆って泣いている。クルルが見たこともないような都風のなりをしていた。少しためらったが、クルルはゲアを降りて声をかけた。

「おい、おめ、どっから来たんだ?なじょして泣いてんだ?」

 少女は顔をあげてクルルを顧みた。涙にぬれた目元は、鉈のように鋭かった。

「黙れ、無礼者」

「黙れっちゃなんだで、見たこともねぇおなごが泣いてっから声かけてやったってのに、」

 少女の胸に、大きな緑の宝石が輝いていることにクルルは気づいた。貴族か何かの娘かもしれない。

「おめさんはなじょしてこったが所に一人でいんだ?はぐれたのか?」

「違う!」

「んだども、ここはケケの山ん中だ。おめさんみたいななりのもんが来る所でねぇ。やっぱしはぐれたんだばい?」

「違う!」少女は甲走った声で叫んだ。

「これ以上私に話しかけるな、失せろ!」

「失せるも何も、おれは水汲みにここさ来たんだで。汲まねぇで帰るわけにいかねぇばい」

 クルルは少女を尻目に水を汲み始めた。やれやれ、随分と偉そうなおなごだ。まともに話をできそうにない。クルルは声に出さず呟いた。

 気づかれぬように振り返ると、少女はまだ同じ所に腕を組んで突っ立ている。どこかへ行こうにも、自分のいる場所がわからないらしい。

 面倒なのが来たもんだ。後で村長さんに言っといたほうがいいんだべか?クルルは水の入った桶をゲアに括りつけながらそんなことを考えていた。

 クルルが丘を越えると、父と村長とがペケノの木の下で何やら話し込んでいるのが見えた。幼少の頃からの仲であるクルルの父と村長とは、時々こうしていつまでも話にふけることがある。ケケの男はみな無口であるから、この二人はよく目立った。田舎において饒舌は忌むべきものであることが多いし、このケケの山でもそうであった。しかしながらこの二人だけは、その統率力と武功とで尊敬を集めていたから、だれもとやかく言うことはなかった。

 クルルに気づいた村長が、荒くつぶれた声で彼を呼んだ。

「今朝も水汲みか、クルル?」

「はい、母はあの通りですから、力のいる仕事は少しでもおれがやんねとなんねんで」

「ほんとに、ご苦労さんだなぁ。おめももうこんな年なんだから、水汲みでねくて剣の稽古でもできるといいんだがなぁ」

「本当に、剣術でもなんでも、こいつには体力をつけてもらいたいもんです。村長さん、こいつを見てください」

 父は、クルルの腕をつかむと村長の顔の前に突き出した。

「この通り真っ白だし細いしでまるで娘の腕だ。こんな奴が今年の秋にはカプカフの儀ですよ。まったく情けない」

 非力であることはクルル自身認めていたが娘の腕とまで言われるとさすがに腹が立つ。それから、カプカフの儀というのもクルルの心のうちにわだかまっているものだった。カプカフの儀は、ケケの十五の少年に課される成人になるための試練である。

「いいか、クルル。おめぇのおっとさんはこのケケの山一番の戦士だ。クルル、おめぇはその息子なんだぞ。強くなんなきゃなんね。いつまでもゲアの世話ばっかりしてるわけにゃいかねんだ。立派な男になるために、精進すんだぞ」

村長はそう言うと、クルルの顔を覗き込んだ。成年を迎える前の少年が、村長に口答えすることは許されていない。

「はい」

 クルルが自信のない声で答えると、村長はクルルの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「じゃぁ、カカリさん。私は仕事に戻らななんねんで」

 村長は鳥の頭が彫られた杖を手に、つかつかと歩いていった。

「おい、クルル」

 父はきつい調子で言った。

「カプカフの儀まであとどれだけしかないかわかってんのか?いつまでも突っ立ってねぇでとっとと自分の仕事を終わらせろ。今日から毎日おれが稽古をつけてやる」

 父が稽古などという言葉を口に出すのは初めてのことであったから、クルルは驚いた。ケケ一番の戦士の息子がいつまでも子供のままでいることに、父自身焦りを感じていたのだろう。

 クルルはゲアを畜舎に戻しながら、あの緑の宝石の娘のことを村長に言い忘れたことに気がついた。

著者

時雨薫
時雨薫
中央アジアに行きたい。
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