【文豪】

真白き雪のような君へ【10】

《大丈夫、なんとか持ちこたえそうよ》

 サンシャインは心の中で返答した。
 リダラと二人きりのときは指言葉は使わない。
 心で会話する方が楽だからだ。

 彼女はベッドの傍らに膝をつき、右掌をブルーヘイルの胸に当てている。

 部屋の中は、まるで真夏のような熱気で満ちていた。
 確かに暖炉の火は焚かれている。
 ただ、それとは比べ物にならない熱が、ある一点から発せられていた。
 一点とは、サンシャインである。

「全く、しぶといこと。いっそ虚無となって滅せられた方が楽でしょうに」

 リダラはブルーヘイルを見下ろし吐き捨てるように言った。

《この人もナンビィングに付け込まれなければ、こうはならなかったのよ。少しは同情の余地があるでしょ》

 ナンビィングと約したものは少しずつ命を削られる
 そして最後に虚無の奴隷となり、永遠に使役されることになる。

 サンシャインは光焔術(こうえんじゅつ)を使い、消えかかった王の命に力を注ぎこんでいるのだった。

「娘を生贄(いけにえ)に差し出すような畜生に同情の余地はありません」

 リダラは、にべも無い。

 どれくらい力を送り続けただろうか。
 いつしかブルーヘイルの呼吸は深く安定したものになっていた。

《上手くいったみたい》

 サンシャインは振り返ってリダラに微笑んだ。
 リダラはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「主様の貴重な力をこんなことに使わなければならないとは」

《虚無から人々を守るのが私達の使命でしょ》

「しかし虚無を引き込むのは、自分の欲に溺れた者達ばかり。こんな事例を見るにつけ、守る価値などないと感じてしまいます」

《リダラ、相手が誰であれ、虚無に抗おうとする者を放って置くわけにはいかないわ。まして、この人は予言されし王……》

 サンシャインは、深い皺におおわれた王の顔を見つめる。

《予言では、王がおのれの闇に負けたとき、スノウホワイトが虚無に変わると言われてるでしょ。つまり王を虚無から救うことが、スノウを救うことにもなるのよ》

 リダラは目を細める。

「その予言については以前から気になることがあるのです」

《気になること?》

「はい。なぜ王は『闇』に負けるとされているのでしょう。『虚無』に負けるとした方がしっくりくるのですが……」

《――確かに……そうね。今まで考えたこともなかったわ……》

 嫌な予感がサンシャインの脳裏をよぎった。

「もし解釈に間違いがあったら……」

《『闇』は『虚無』のことでなく、別のことだと言うのね》

 リダラは深く頷いた。

《考え直してみる必要がありそうだわ》 
 
 立ち上がろうとしたサンシャインは、立ちくらみを起こし倒れそうになる。
 すかさず後ろからリダラが支えた。

「やはり力の使いすぎです。明日は公務の一切を取りやめ、終日お休みいただきますから、そのおつもりで」

 サンシャインは微苦笑して、肩を支えるリダラの手に自分の手を重ねた。

《ありがとう。誇り高く、優しい私の騎士様》

「それはやめて下さいとお願いしたはずです。体中が、むずがゆくなります」

 リダラは、あからさまに顔をしかめる。
 サンシャインは悪戯っぽく肩をすくめた。

 ブルーヘイルの肌は赤みを取り戻し、全身が汗ばんできている。
 サンシャインの発していた熱は消えたが、暖炉の火だけでも部屋の中は十分に暖かかった。

 サンシャインは大きく息を吐く。

《さてと、外の人達に王の無事を知らせましょうか》

 うなずいたリダラは居室を横切り、静かに扉を開いた。
 そして王の無事をおごそかに告げる。
 外にいた大臣や貴族達から安堵の声が漏れ聞こえた。

 ヨーデン国の王家を支えるリヴナード一族。
 王家の外戚として数々の王妃を嫁し、国の要職の担う大臣を数多輩出してきた。
 サンシャインの母、サンライズもその一人である。
 ヨーデン王国の大貴族、それがリヴナードの表の顔である。

 一方裏の顔は、永きにわたり虚無と戦い続けてきた戦士集団としてのものである。
 その事実はグエディンの諸王家にさえ知られておらず、ヨーデン王家とリヴナード家だけの秘密だった。
 
 太古の時代より虚無と戦ってきたリヴナード一族は自らをこう称する。
 ――光命の騎士団と。

 騎士団を率いるのは、虚無を殲滅できる力、光焔術を駆使する女性。
 彼女は虚無にくみする者からは恐れを込めて呼ばれる。 
 ――光焔の魔女と。

 つまりそれがサンシャインだった。

 サンシャインは居住まいを正すと扉から外に出る。
 すぐに大臣達が愛想笑いを浮かべて彼女を取り囲んだ。
 決まり文句の社交辞令や嫌味なほどの追従(ついしょう)が、疲れた身体を容赦なく鞭打った。

「皆様、申し訳ありませんが、王妃様は陛下の看護で疲れておいでです。お話はまた別の機会にして頂きたく」
 
 丁寧だが毅然としたリダラの声。
 それを聞いた大臣達は申し訳なさそうに幾度も頭を下げ、サンシャインの前を開けた。
 艶然と微笑んだ彼女は、すかさずそこから逃げ出した。

 足を止めることなく廊下を抜け、エントランスにある夜間出入り用の扉を開いた。
 火照った身体に冷たい秋風が心地良い。
 扉を守る衛兵の敬礼に会釈を返し、前庭に歩を進めた。

 サンシャインは両腕を上げて、大きく伸びをする。

「主様、お休みになったほうがいいのでは」

 追いついてきたリダラが気遣わしげに言う。

《少し散歩。良いでしょ?》

 サンシャインは両手でスカートの裾をつまみ、少女のように首をかしげた。

「少しですよ」

 リダラは仕方ないといった顔をした。
 
 かなり夜も更けているが、城下からは賑やかな音楽が聞こえる。
 人々はこれから三日間、スノウホワイトの成人を祝い、仕事も忘れて飲み騒ぐのだろう。

 二人は城の壁に沿って歩き、裏庭へと回り込んだ。
 裏庭には神々の彫刻で飾られた噴水が、休むことなく水を噴き上げている。

 サンシャインは噴水の縁に腰を下ろす。
 リダラは、いつも通り傍らに寄り添う。
 見上げれば満天の星と清らかな月。
 
《なんだか昔を思い出すわ》

 サンシャインは、頑固だけれど頼もしい侍女に、優しい眼差しを向ける。

《あなたと初めて会ったのも、こんな綺麗な夜だったわね》

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