【文豪】

トロイメライの春 三 上

 久しぶりにお手紙差し上げます。私と先生の話の続きです。

 私が不登校になり始めたころには、すでにピアノ教室の生徒は三、四人しかいませんでした。私の住んでいた田舎でも、そのころになると様々な習い事が流行し始めていて、あまり実用的な技術とはいえないピアノは敬遠されるようになっていたのだと思います。私以外の生徒はみな、来年に進学を控えていたので、いつの間にか、私の気づかないうちにやめていきました。

 そんな折です。先生は、一つの決断をしました。ある昼下がりに、あの桜の木の下で、先生は私に打ち明けました。

 もう、新しい生徒はとらないのです。私は先生の最後の教え子になりました。

 先生の体力の衰えは、ずっとそばで見ていた私が一番よく分かっていました。毎日、私にピアノを教え、夕方、家まで送ってくれることが、先生にはどれほど大変なことかも知っていました。それでも、先生は私一人のためにピアノ教室を残してくれました。私の居場所を残してくれたのです。

 十歳の誕生日に、お父さんの提案で、先生を家に招いてお祝いしました。誕生日に、忙しい父がいてくれたということも、私には胸の躍ることでした。そこに先生もいてくれたのですから、私の感動したことはとても言葉にできないほどです。

 私の家にあったおもちゃのピアノで、先生がハッピーバースデートゥーユーを弾いてくれたことを覚えています。ケーキの上には、去年までの小さなろうそくではなくて、一本の大きなろうそくが立っていました。その一本で、十歳という意味でした。なかなか火が消えずに苦労したことを覚えています。

 シューマンのトロイメライに、深い魅力を感じ始めていたのもその頃でした。あなたもご存じだと思います。あの曲を弾くことはそう難しくありませんが、よく弾くことはどこまでも難しいのです。初めてトロイメライを弾いたのは、小学校に入学してすぐの頃でした。幾度弾いてみても自分の思う音に近づかないので、あまり好きな曲ではありませんでしたが、あの夕方の街並みを思い出させるやさしさに、私はだんだんと惹かれていきました。

 

 

著者

時雨薫
時雨薫
中央アジアに行きたい。

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