【文豪】

泡沫

第一話

 傾いた夕日が、体育館の窓からオレンジ色の光を照りつけていた。
 放ったシュートがゴールネットのふちに跳ね返されたのと同時に、時間切れのタイマーが鳴り響く。
 差し込んでくる日光のせいで、厳しい練習で火照った男子バスケ部員たちの体は、さらに温度を上げていく。しかし、今日の放課後はこれで終了であった。

 「晴(はる)、お疲れ」

 後ろから軽く晴の背中をたたきながらそう言ったのは、バスケ部主将の新田翔馬だった。
 決まらなかったシュートを悔しがっているところだった晴は、それには生返事で答える。
 時間の終わりが迫ったとき、集中力が散漫になるのが悪い癖だ。冷静に頭を働かせることができれば、あのシュートは決まったはずなのに。
 そんなことをぐるぐる考えていると、翔馬にいきなり顔を覗き込まれた。
 
 「おいおい、落ち込みすぎだって。決まんないときだってあるだろ」
 「そんなこと言っても、昨日の試合も翔馬のチームに負けたじゃねえかよ」

 主将の翔馬は圧倒的な実力を誇っていた。あまり部員を誉めない我が部の名コーチに「天才」と言わしめたほどである。
 この一週間は、翔馬を筆頭とするチームと、二番手である晴を筆頭とするチームに分かれて練習試合を行うというメニューを組まれたのだが、どう足掻いても翔馬に勝てない自分に不満を抱きストレスが溜まり、晴自身ここのところ参ってしまっていた。
 ため息をつく晴の心の内を察し、翔馬は部活の話を止めた。
 
「まあ、また明日から頑張ろうや。それにほら、今日は水曜日だぜ?さっさと着替えて行くぞ!」

   翔馬の言う「水曜日」が何を意味しているのかは、晴にも分かっていた。
   汗まみれの体に制汗剤を振りまきながら、手早く着替え、駆け足で部室を出る。
   翔馬の後を追って行った先は、家庭科室の窓辺であった。いち早く集りに来ていた他のバスケ部員たちは、さっそくがやがやと騒いでいる。
 
  家庭科室は、料理クラブの活動場所であった。このクラブは週に3日、月・水・金曜日が活動日で、お菓子を作ったり、簡単な料理をして楽しく食べるという、いわゆる「ユルい」部活である。
  晴たちバスケ部と料理クラブはなぜだか仲が良く、料理クラブが作ったお菓子などをおすそ分けしてもらいにやって来るのが、恒例行事のようになっていた。
  今日はドーナツを作ったようだ。

   「新田先輩、五百川(いおかわ)先輩!ドーナツ、あと1個しか残ってないんですよ」
 
  困った顏でそう言ったのは、1つ年下の料理クラブ員、三浦あかりだった。
  翔馬と晴はゆっくりと顔を見合わせる。
  翔馬の方は最初はグー!…と言いかけたが、晴がそれを遮った。

  「今日試合で勝ったのは翔馬だからな。お前が食えよ」

   本当か!面目ねぇ!と叫びながら翔馬は遠慮なくドーナツをあかりから受け取り、たった三口で平らげた。
   それを眺めながら晴とあかりは笑ったが、あかりはまだ申し訳なさそうにしていた。

「ごめんなさい。もっと多めに作れば良かった…。ほんとに残ってないのかな?夏芽(なつめ)先輩!もうドーナツの余りないですかぁ?」

   晴は、なんか卑しいみたいに見えるからいいよと言おうとしたのだが、あかりは振りかえって声をかけてしまった。
   そんなこと聞かなくて良いのに、と晴は内心恥ずかしさと焦りが立ち込めてきた。
   (特に、あの子には…………)

   「あるよ」

   黄色い花柄のエプロンが見えた。
   片手には、白いお皿に、1つだけのせられたドーナツ。
   夏芽先輩と呼ばれたその子は、お皿をあかりに手渡した。
  そして一瞬だけ、晴のほうに目をやった。

   「あ、あの、ありがとう、相原さん」

   晴はぎこちなくお礼を言った。

  「……いえ」

   夏芽は小さく答えるとさっさと行ってしまった。

 

  晴は前から、なぜかあの子に避けられているような気がしていた。

  

著者

utamiyu3113
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