【文豪】

トロイメライの春 二 上

 お返事ありがとう。楽しく読ませていただきました。

 先日は急なお手紙を差し上げてしまってごめんなさい。勢いに任せて書いたものだから随分とおかしな内容だったと思います。書いた翌朝に自分で確かめればよかったのに、私ったらせっかちなものだからそのまま送っちゃった。夜に書いた文章って何を書いたか思い出せないから怖いわ。

 閑話休題。

 貴方が私と先生との話に興味を持たれたことにびっくりしました。そういえば、先日の手紙で私、何か思わせ振りなことを書いてしまったような気がします。いや、本心で書きたかったのかもしれません。この頃、誰かに自分の昔話を物語りたくて仕方ないのです。

 先日の手紙で既に書いたことかもしれませんが、先生というのは私が幼年時代に通っていたピアノ教室のお爺ちゃん先生のことです。音楽室の肖像画にいそうな白髪天然パーマに気難しげな表情。私と出会った時にはもう結構な年だった筈なのに、腰は曲がっておらず見上げるような長身が印象的でした。もじゃもじゃの白いモップが柄を下にして立っているような人と形容すれば大体あっているかもしれません。

 もう二十年も昔のことですが、先生との思い出は少しも色あせてはいません。先生と奏でた一つ一つの音、その時に窓から差し込んでいた光の加減、どれも鮮明に思い出せます。先生との思い出を物語って欲しいという貴方のお願いにも、きっと満足に応えられると思います。

 まずは私と先生との出会い、そして私がピアノにのめりこんでいくまでの話から物語っていくこととしましょうか。

 

  500円硬貨が発行された年、東北の地方都市に生を受けた私は生後すぐに母を亡くし、父と二人で幼年時代を送ることになりました。

 私が幼稚園に入園してすぐ、父は私を町の小さなピアノ教室へ通わせはじめました。私と先生の、私とピアノの出会いです。

 暖かな四月の日、お日様のやわらかい光に包まれながら、私の指がひんやりとした鍵盤を撫でました。先生に手をそえられて。私の奏でた初めての音。とけてしまいそうな春の中で、はっと目を覚ますような力強いけれど儚い音。

 庭の桜が、三分咲きの微笑みで私達を見守っていました。

 それからというもの、私はピアノの持つ深遠な魅力にどんどん惹きこまれていきました。同じドの音でも、昨日と今日では温度が違う。私のドには弾むような若さがあるけれど、先生のドには深い海の底に沈んでいくような荘厳さがある。その違いが楽しくて、不思議で、今日はあの人のドを弾こう、明日はあの人のドを弾こう、と来る日も来る日もピアノを前に音の世界を旅していたのでした。

 先生は、その旅の案内人でした。私の知りたい事を全て知っていて、けれどもそれを早口に説明してしまうことはせず、絵本を読む子供に速さを合わせるように、私が満足するまで何時までも待っていてくれました。それが嬉しかったのでしょう。ピアノを弾く時間は私の全てが肯定されているような気がして、本当の自分を、見栄を張ったり卑下したりしない、あるがままの姿で表現することが出来たのでした。

 季節は巡り、時は流れ、私は小学生になりました。当時の私は今の私からは想像のつかない程に寡黙で、いつも教室の隅で窓の外を眺めているような子でした。環境がそうさせたのでしょう。放課後は毎日ピアノ、その上、仕事の忙しい父に代わって家事もしなければならなかった私は、そう多くない友達と一緒に遊ぶ機会もあまりなく学校ではほとんど一人きりで過ごしていました。

著者

時雨薫
時雨薫
中央アジアに行きたい。

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