【文豪】

50、43、そして35(22)

 将名(まさな)殿よりお聞きかと思いますが、私も彼の縁者の地質学者であらせられたとある先生のもと、書生として東京に滞在していた時期がございました。
 結局私も将名殿も志半ばに家庭の事情で東京を去ることになりましたが、あの頃の私達は実に無知で、その無知がもたらす所以の幸せな時を満喫していました。現実とはかけ離れた夢を追う、ありふれた普通の若者でございました。

 その当時、私や将名殿のようにつてを頼り上京した同郷の者が東京には数多くおり、いずこからか私が多少なりとも地質に詳しいとの話が巡り巡ってロシア人に漏れていてもおかしくはない、との私なりの結論に至ったのであります。

 私を拘束したロシアの指揮官ですら、この地で金が掘れるなどと確証どころか知識さえもなく、御仕着せの金掘りを命じられたのは明らかでありました。そこに私は救われた、というより彼らの甘さに付け込んだのかもしれません。

 私は、私の嘘をなんとしてでも本物にせねばならないと思うようになっていました。
 私は自らに暗示をかけ続けました。異常な状況を直視できなかった私の弱さは、私だけでなく大勢の人々を地獄への道連れにしてしまいました。
 金は必ず出るのだと妄信することで、自分の罪から逃れようとしていただけなのです。

 それにしても三上は不思議な男でありました。突然姿を見せなくなったかと思うと忘れた頃に再びふらりとあらわれ、その人となりは到底私などに量り知れるものではなく、 他の日本人とは一線を画しておりました。その自由な身をどのようにして手に入れたのかと、人々は嫉妬と好奇心を混ぜ込んだ眼差しを三上に向けていました。

 絹子殿のお父上に出会ったのもその頃です。手稲の方々は、山を掘る為の人工として敷香へ送られたのです。私は鉱脈を掘りあてる技術も知識も持ち合わせておりませんでしたから、手稲から渡樺したお父上達から数えきれないほどの教えを授けられ、新米ながらも鉱山夫としての一歩を踏み出した時期でも ありました。
 けれど、私の嘘のせいで今も内地に戻れずにいるあの方々を思えば、裏切った私は地獄へ落ちるべきなのです。結論を申し上げますと、敷香の金掘りは私とロシアの妄想でありました。金はなかったのです。己の保身の為、私は大勢の人を騙しながら空虚な穴を掘り続けました。

 以前私は清一郎殿に「あなたならどうしていたか」との疑問を投げかけましたが、人を裏切らねば自分が助からないという状況において、私は自分の行動を正しいものとしました。
 けれど私はそれより数年前に選択を誤ったのです。

「アラスカで金が出るなら敷香にも金は出る」と言い張る愚かな指揮官に「二エット」と首を振り、我が身を犠牲にしてでも抵抗すべきでした。
 その時に私は死んでいればよかったのです。今死んでも、私の死に何の意味もありません。
 腹を切り損ねた今日の私の死は美しくもなく尊厳もない、単なる罪人の屍に他ないのです。

 出るふりをして掘り続けるだけの生活は、ほんの二、三年ではありましたが私を疲弊させ、何もかも投げ捨てたいと思わせるようになりました。それは私だけではありませんでした。その頃鉱山では事故が相次ぎ、亡くなった方もいらっしゃいました。

 誰ともなく、次第に敷香から脱出すべきとの声が日本人の間からあがり始めたのです。まずはオタスに逃れ、その後散り散りにアイヌの扮装をして海岸を目指すというあまりにも無謀な計画でした。それを聞き、私はまず恐ろしくなりました。見つかれば命はありません。大勢の人々が下らない理由と下らないロシア兵達によって、簡単に命を奪われるさまを占領された日から目の当たりにしていました。

 ここで死にたくはない、私は根なし草の彼らとは違うという思いだけが頭の中を駆け巡りました。私は心の中では、鉱山夫である人々を見下していました。しがない鉄道員とはいえ、かつては先生のような誉れ高いお方のそばにあった私が、どうしてこのような地の果てで流れ者と運命を共にせねばならないのかという、今思えば愚かしい、誇りとは到底呼べぬ偏見しか持たない貧しい人間でございました。

 何よりもうすぐ出るはずの金を目前にして、私の計画を邪魔する彼らは罰せられなければならない、とロシア兵に密告したのは私です。

 その夜は三上もおりました。彼はどこからか仕入れたウオトカを私にふるまってくれました。差し迫った「私の危機」に、私は一人で耐えられそうもありませんでした。そんな私に向けられた三上の言葉はしごく簡潔でありました。邪魔者は消しさればよいと彼は言い、私は迷うことなく彼の言葉に従いました。
 実に慌ただしい夜でした。
 勤勉とは無縁のロシア兵が血相を変え駆け回る様を、数年ぶりに見た夜でもありました。

 その後、手稲の方々が一人でもオタスや海岸に無事たどり着いたかどうかは存じません。抵抗して射殺された者もいたようだと、とあるロシア兵が私に教えてくれました。
 涙は出ませんでした。この期におよんでもなお、私の中には彼らに対する後ろめたさから生じた恐怖しかありませんでした。
 彼らの最悪の結末を知っても、いつか私の悪事が明るみに出るかもしれないという恐れしかなかったのです。

 もうおわかりでしょうが、私のような人間はお世話になったあなたがたに何も残せません。
 辿った道のりも、私がいた痕跡でさえ、この世から消えてしまえばよいと思います。
 けれど醜い私は、三上はおろかあなたがたにも罠をしかけ、そのくせ心のどこかであなたがたにそう遠くはない日に、私の業を現世において解き放っていただける日がくるのではないかと浅ましくも願うのです。
 私の歩んだ道は大勢の人の命の上に成り立ち、その道はあの世へと続くものでありながらも、その人々の命の重さと比べようもない塵芥の絨毯でございました。
 私は、私以外に誰も愛せない貧しい人間でございました。

 そのような価値のない私に信頼の瞳を向け続けてくだすった絹子殿のお心が、この上ない喜びであり同時に最後の罰となりました。
 誰も愛せない私の最後に、ふさわしい罰が与えられたのでしょう。
 あなたはこのような汚れた人間にはもったいない、遠き春の、愛おしい存在でありました。

***

*オタスとは 日本人が樺太に移住したことにより、強制的に原住民の居住指定となった地。敷香(今のポロナイスク)に存在した。アイヌ民族とは言語風習が異なるウィルタ、ギリヤーク、ウリチ、ヤクート、エヴェンキ等の多民族がこの地に集められて生活していた。

著者

渡部ひのり
時代劇もファンタジーもBLも恋愛物も刑事ものも、なんでも好きです。面白いものに垣根はありませぬを体現できるようになれたらいいなと思っています。
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