【文豪】

ドカタの眠り

 指示がないので突っ立っていたら、金槌を投げられた。怒鳴られた。地面は泥。長靴がぬかるむ。必死で動く。周りのおっさんの見よう見まねで動く。空はカンカン照りだ。汗がひどい。入道雲が真っ白だ。近くで、重機で配管を切ったらしく、水が噴き出していて、数人のおっさんが慌ただしく動きまわっている。重機が止まると、うるさいエンジン音が無くなって、蝉の声がかわりにうるさくなった。
 離れた所の現場監督に工具箱と番線とテープを持って来いと怒鳴られた。確か全部が小屋に置いてあったのを思い出した。大声で返事して、泥の中をグチャグチャ鳴らしながら走り出した。すると、「走るな! 滑る!」と怒鳴られた。さらに、「とにかく怪我だけはするな!」、とまた怒鳴られた。
 昼休みになった。大きい会社だと弁当が支給されるらしいが、ここでは無い。日給の中からコンビニで弁当を買うことにした。勾配のある地面に座って一人でおにぎりをモゴモゴしていると、一人のおっさんがやってきて、「いつも買ったら高いぞ。これからお前はもっと食うようになるからな」、と言われた。
 日が沈み始めて、撤収となった。穴ぼこだらけの現場は、所々が真っ黒な影で見えなくなっていた。トラックにおっさん達と乗り込んで、会社に戻って、自分の車に乗り込んで家路に向かった。
 気が付くと、顔に固いものが当たっているのに気づいた。自分が倒れているのに気づいた。ドアを開け放したまま、玄関で眠ってしまっていた。モゾモゾ左腕を上げると、泥まみれの安い腕時計は23時を指していた。風呂に入りたいけど、面倒くさい。このまま、また眠って、5時に起きるのが楽なんじゃないか。作業着のまま眠れば、明日着替える必要もない。どうせ替えの作業着は無いし、洗濯するのは死ぬほど面倒くさい。このまま眠ればいい。
 うとうとしながら、現場監督に怒鳴られたことを思い出す。あの人が言うことは簡単だ。遊ぶな、怪我するな、モタモタするな。現場では、人はいつでも死ねる。クレーンで吊った300キロの土管が落ちて来てその下敷きになれば、2トン以上ある重機に轢かれれば、重機が振り回す腕に頭を叩かれれば、人間は簡単に死ぬ。毎年何百人ものドカタが死んでいる。その中には、何十年も経験のあるベテランも数多く含まれている。誰がいつ怪我するのか、あるいは死ぬのかは、きっと神のみぞ知る所なのだろう。よくこんな安い日給で命をかけて働いていられるものだ。
 なんだか疲れた。考えるのも疲れた。自分はなぜこんなことをしているのだろう。子供の頃は違う未来を思い描いていたはずだが、その未来がどんなだったのかも、もはや思い出せない。ふと、小学生の頃に好きだった女の子のことを思い出した。今ならもっとキチンと話せるのに、あの頃は、どう接すればいいのか分からなくて、幼稚な意地悪をしていた。今思えば申し訳ないことばかりだった。中学までは時々顔を見ることがあったけれど、卒業したら縁が切れた。今はどこにいるのか分からない。自分は頭が悪いから、進学できなかったのだ。人づてに、結婚したと聞いたから、きっと幸せにやっているのだろう。
 腕時計のアラームが鳴って、目が覚めた。自分は泣いていた。どんな夢だったか忘れたが、きっとろくでもない夢だったのだろう。起き上がって、そのまま家を出た。

著者

やくたみ
やくたみ
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次回に期待・・・もう少し普通良い文章最高! 平均評価: 3.50 (投票者2人)
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コメント 2件のコメント

コメント & トラックバック

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  1. Rhett Butler

    レポートのような文体に欲望だけの感情を少し入れているのは、狙っているなら良いと思いました。狙っていなかったらただの作文のように感じます。
    あと『なんだか疲れた』というのは、少し違和感を感じました。『なんだか』と言うまでもなく、理由はすでにわかっていることだと思います。
    生意気なコメント、すみません。

  2. 水嶋僕
    水嶋僕

    無機質な文章で表された繰り返される日常の虚しさが伝わってきました。

    Rhett Butlerさんも仰っていますが、少しだけ作文ぽく感じてしまう部分もあるにはあると思います。
    でも、どんよりとした全体の雰囲気を壊してしまうくらいなら、このままの方がいいとも思いました。

    また、好きな女の子のくだりですが、ちょっと説明的すぎるかな、と思いました。
    上手く言えませんが、もっとディテールをぼんやりとさせた方がより雰囲気が出るのではないかと。

    雰囲気雰囲気うるさくてすみません。
    でも、この作品全体としての雰囲気が好きです。

    未熟者のコメント失礼しました。

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