【文豪】

コーヒー


 

 

 それは夢のようなものだった。

 掴める距離にあるのか、ないのか、そんなことが知りたいのではなかった。

 ただ、それが存在するのか、そんな未来が存在するのか、ずっと知りたかっただけだ。

 

 

 読書の秋、運動の秋、食欲の秋、そして芸術の秋。秋とは別れの季節などと呼ばれがちであるが、今年、僕には何の別れとも出会えそうにない。

 理由は単純明快。出会っていないからだった。

 皆が遊び呆ける中、ただひたすら絵と向き合っていたのだ。その夏休みを思うと、今でもまだ心が躍る。

そう、学校に行けば結果が聞ける。そう思うと、自然と僕の足取りは軽くなった。

家から徒歩五分の場所にある高校に通っている僕だが、不自由がないわけでもない。行くまでの道のりにコンビニが一つもないのだ。おかげで、朝早くから僕は遠回りをしている。

行かなかったら困るというほどではないのだが、もしかすると、という考えが頭をよぎるたびに自分を抑えることができなくなりそうになっているのだ。やはり落ち着かせるにはいつも飲んでいるコーヒーを飲むのが一番。

そう、考えた結果だった。

中に入ると温かい空気とは裏腹に、無機質な電子音が耳に飛び込んできた。

そのことでようやく現実に戻された僕は、冷静になって少しだけ恥ずかしくなった。

まだ入賞しているかさえ分からないのだ。喜ぶには早すぎる。

「「あっ」」

 ボーっとしていたせいだろう。二人がそう言ったのは同時ならば、手を別のコーヒーへと伸ばしたのも同時だった。

 クスクス、とそう形容するのが似合うような笑い方で笑って、僕よりも少しだけ背の小さい女の子が手を口にあてた。

「すみません」

 僕もつられて笑って、彼女の目を見た。

「いえ、私のほうこそすみません」

 やけに大人びたその受け答えに多少の違和感を感じながらも、僕は彼女の分も含めて二つコーヒーを手に取り、そして片方を彼女に渡した。

「あの、○○高校の生徒の方ですか?」

「はい……もしかして、貴方も?」

「はい、とは、言っても、昨日引っ越しが終わったたばかりでまだわからないことだらけです」

 大変ですね、なんて言いながら、僕は自分の人生について、久しぶりにいいものだと感じた。朝からこんな子に会えるなんてついている。やはり、今回はなんだか大丈夫なような気がしてきた。

「あの、えっと……」

「どうしたの?」

 同じ高校とわかって少しうちとけてきたレジでのこと。

 彼女は口ごもりながら、何かを言おうとしていた。

「道、わからなくなっちゃったので、教えてもらってもいいですか?」

 一瞬、きょとん、と。そう表現してしまうような表情を浮かべていただろう僕は、しかしすぐにその言葉の意味を理解した。

「あぁ、勿論。それじゃ、一緒に行こう」

「あ、ありがとう」

 ようやく緊張が解けたのか、彼女の本当の笑顔、と言えばいいのだろうか。僕はそれを見た気がした。

 

 黄色に染まった葉を空に浮かべながら、秋の道を僕らは二人でゆっくりと歩いていた。

 早くに家を出たおかげでずいぶんと時間に余裕がある。少しでも彼女と居たくて、僕はわざとゆっくりと歩いた。まるでそれが当り前であるかのように。この感情はいったい恋なのだろうか。

「家、あそこらへんなの?」

「うん、多分……でも、迷っちゃって10分くらいさまよってたかな……」

「はは、それじゃ、良かった。僕も早起きした甲斐があったよ」

 そんな取り留めのない会話にも、久しぶりに温かい感情のやり取りがあるような気がして、とてもうれしかった。

 校門がようやく見えてきたところで、彼女は一度立ち止まり、僕に深々と礼をした。

「本当にありがとうございました! また何かあったらよろしくお願いしますね。もしよかったら、アドレスと番号、交換してくれませんか?」

「うん、いいよ。むしろこっちからお願いしたいくらいだし」

 本当に今日はついている。こんなに可愛い子のアドレスともらえるなんて。

 そうして職員室へ行くらしい彼女を職員室まで案内し、僕は部室を目指した。きっと皆はもう待っているだろう。

 でも。

 そんな言葉が出てきて僕は今さらながらに緊張し、焦りが背中を冷たくした。

「もう運を使い果たしたんじゃないかなぁ…」

 そんなことを呟きながら、僕はまだ人のあまりいない廊下を歩いて行く。

 

 今日はいいことがありそうだ。

 

 

 

 秋とは、別れの季節である。

著者

jin
作家を目指しています。
少しでも面白いと思ってもらえる作品を書いていきたいです。
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