【文豪】

真白き雪のような君へ【7】


 自室に駆け込こんだスノウホワイトは、ベッドに身を投げた。

 頭の中に様々な色が渦を巻く。
 ブレスドレインの愛情。
 サンシャインの優しさ。
 母親の想い出。
 父親への憎しみ。
 人々の好奇の目。
 全ての記憶が鮮やかな色をつけて暴れ回る。
 枕に顔を押しつけ、泣き喚いた。
   しばらく泣き続けていると扉を叩く音が聞えた。

「姫様、王妃様が、おいでです」

 リダラの声がした。

「入ってこないでっ! 一人にしてっ!」

 スノウホワイトは八つ当たり気味に怒鳴る。
 彼女の剣幕に、一時、扉の外は静かになった。

「姫様。思い詰めてはなりません。必ず陛下を説得し婚約は白紙に戻すと王妃様は仰せです」

 スノウホワイトは枕から顔を上げる。

「ですから安心して、ゆっくりとお休みください」

 そう言い残し扉の外にあった気配は消えていった。

 スノウホワイトは仰向けになりベッドの天蓋を見つめた。
 涙が止まっている。

 サンシャインの後ろには南の大国ヨーデンがついている。もしヨーデンがサンシャインを介し婚約に異議を唱えたなら事態は変
わるかもしれない。ブルーヘイルも無視はできないだろう。

 心に小さな希望の光が灯った。
 安心したせいか、まぶたが重くなり、いつしか深い眠りに落ちた。

 

 突然、スノウホワイトの神経が覚醒する。
 ただならぬ雰囲気が城内に満ちているのを感じた。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 かなり夜も更けているはずだ。
 窓の隙間から月明かりが漏れて、青くぼんやりと室内を照らす。

 上体を起こし神経を研ぎ澄ます。
 騒然とした空気は階下から漂ってくる。

 原因を確かめるべく、ベッドから抜け出す。
 扉を開くと廊下を照らす油灯の光が瞳を射た。
 しかし唐突に現れた四角い壁が光を遮り、スノウホワイトに陰を落とす。

「姫、お出かけかな」

 剛毛の赤ら顔が口を開いた。
 酒臭い息に襲われ、スノウホワイトは顔を背けた。
 レオナインは唇を歪めて嫌らしい笑みを浮かべている。

「こんな夜更けに妙齢な貴婦人が出歩くのは宜しくないな」

 スノウホワイトは吐き捨てるように言い返す。

「殿下こそ、夜中に王女の部屋を訪ねるなど非礼ではありませんか」

「そなたは我輩の妻となる者、妻の部屋を訪ねるに無作法もあろうか」

 レオナインは爪の黄ばんだ指先でスノホワイトの顎をつまんだ。

「慮外者っ!」

 レオナインの手をはたき落す。

「ほほほ、やはり強腰の女は良い。ねじ伏せる楽しみがある」

 レオナインは部屋の中へスノホワイトを突き飛ばす。
 スノウホワイトは床に尻餅をついた。
 レオナインは部屋に入ると後ろ手に扉を閉める。

「人を呼びますよっ!」

 スノウホワイトは、まなじりを決して声を上げる。

「誰も来んよ。衛兵達は我輩が下がらせた」

「ただで済むと思うの? 私への侮辱はイースへの侮辱よ」

「姫よ、例え我輩がオスカの王子でもイスタップの衛兵を意のままに動かす力などない。彼等は前もって命じられていたのだ。我輩と姫を二人きりにせよと」

「――まさか……」

 レオナインは鼻で笑った。

「我輩がここにいるのは、お父上の意向でもある」

 ブルーヘイルの氷のような視線が再びスノウホワイトを呪縛する。

「お父上は姫がヨーデンの王子に懸想(けそう)しているのをご存じでな。ヨーデンに逃げないようにして欲しいと頼まれたのだ」

 唯一の肉親が最大の敵であるという皮肉。スノウホワイトは唇を噛みしめる。

「さてと、では始めるとしようか」

 レオナインは無造作に上着を脱ぎ捨て、毛むくじゃらの裸体を晒す。

「――何を!」

「男女が同衾(どうきん)するなら、やることは一つであろう」

 身の危険を感じたスノウホワイトは素早く立ち上がり、レオナインの脇を抜けて外へ逃げようとした。
 レオナインは後ろからスノウホワイトの髪を掴み、引き戻す。

「痛いっ!」

「ほほほ、生娘を犯すときの高まり。こたえられんっ」

 レオナインはスノウホワイトのドレスの両肩を掴むと、左右に引き裂いた。

「嫌っ!」

 スノウホワイトは露わになった乳房を両腕で隠し、部屋の隅へ逃げる。
 しかし、レオナインの思うつぼだった。
 逃げ道を失ったスノウホワイトにレオナインは、ゆっくりと近づいてくる。

「殿下、御願いです。あなたもオスカの高貴な血を受け継ぐ方。こんな野蛮な振る舞いはおやめください」

 レオナインの王族としての誇りに訴えかけた。が、無駄だった。

 容赦なく引きずり出されたスノウホワイトはベッドに投げ込まれる。
 レオナインは残っていたドレスを乱暴に引きちぎった。
 スノウホワイトの美しい裸身は月明かりの中で仄かに輝く。
 レオナインは目に欲望をたぎらせて彼女に、のし掛かった。

「やめてっ! 放してっ!」

 スノウホワイトは身体を捩(よじ)らせて抵抗する。
 レオナインは右手で彼女の両手首を拘束し、左手で自分のズボンを下ろした。

 醜いあばた面に愉悦の色が浮かぶ。
 獣臭い脂ぎった体臭と魚が腐ったような口臭でスノウホワイトの意識は遠のいた。
 そのまま気絶すれば楽だったかもしれない。
 消えゆく意識を覚醒させたのは下腹部から来る激しい痛みだった。
 レオナインが腰を突き上げる度に猛烈な痛みが下腹部から脳髄へと駆け上がる。身体は硬直し、悲鳴は声にならなかった。

 侍女達が顔を赤らめながら教えてくれた男女の営み。それは甘く官能的だった。しかし今、スノウホワイトが体験しているものは、その対極にあると言って良い。
 愛情も優しさも喜びもない。野辺で尻を出して交わる獣と同じ……。

 レオナインが突き上げる度にスノウホワイトの心は殺された。
 何度も何度も殺され続けた。
 いつしか痛みは極限を超え、全ての感覚は麻痺していた。

 自分の上で息を荒げる男を忘れるためにスノウホワイトは目を閉じる。
 明るい日差しの下に立つブレスドレインの姿が、まぶたの裏に浮かんだ。
 彼と結婚し、子供を産み、温かい家庭を作る。
 夫を愛し、子供を愛し、そして愛される。ささやかな幸せ……。
 ありふれたものなのに、今は遥か遠くに消え去ってしまった。

 涙が一滴、流れ落ちる。

 レオナインは動きを止め豚のような声を上げた。
 身体を痙攣させ白目を剥き、薄汚い欲望を注ぎ込む。
 行為を終えたオスカの王子は豹変し、要らない玩具のようにスノウホワイトを一瞥すると、彼女の横に寝ころぶ。そしてすぐさま、耳障りな、いびきをかき始めた。

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