【文豪】

真白き雪のような君へ【6】


 儀式の後、イスタップ城の大広間では晩餐会が催された。

 緊張から解放され寛ぐ貴人達。
 葡萄酒を注ぐために、慌ただしく動き回る給仕。
 今や遅しと配膳されるのを待つ豪華な料理の数々。
 料理から立ち上る芳醇な香り。
 
 大広間には巨大な長方形のテーブルが三卓、平行に並んでいる。
 左右の卓には貴族や有力商人らが、中央の卓には王族と各国の使節が座る。

 ブルーヘイルは中央テーブルの正面に陣取る。
 王に一番近い左側の席にサンシャインが、右側にスノウホワイトが座り、テーブルを挟んで向かい合った。

 二人の横には各国の使節、続いてイースの王族達が連座している。

 サンシャインの左隣に座るのは西の大国オスカの第二王子レオナインである。
 赤褐色の波打つ頭髪を肩まで垂らし、口の周りは茫々たる髭に覆われている。
 両頬と鼻には、あばたがあり、お世辞にも美男子とは言い難い。
 年齢は三十九歳。
 体躯は逞しく、筋肉は隆々としている。
 だが身長は高くなく、上よりも横に広い感がある。腕を拡げて威嚇するカニのようだ。
 振る舞いは粗暴で、女性と見れば誰彼となく下卑た言葉を投げ掛ける。
 こともあろうにサンシャインの胸元を盗み見たり、スノウホワイトに色目まで使うのだ。王子とは名ばかりの野卑(やひ)な男だった。

 レオナインの左にはヨーデンのクレセント大公が着座している。
 今は亡きヨーデン国王妃サンライズの弟であり、ヨーデンの外交と軍事を一手に引き受ける大物だ。
 サンシャインとブレスドレインの母方の叔父にあたる。
 年齢は三十五歳。
 短く刈り上げられた金髪。
 精悍だがブレスドレインと通じる端麗な容貌。。
 最も印象深いのは彼の左目を覆う革製の眼帯である。五年前、アカド人との戦闘中、矢で射られたのだ。
 対外交渉を得意とする政治家ではあるが、本来の姿は戦士である。
 彼の槍術は国内でも傑出しており、多くの弟子を育成している。ブレスドレインの師匠でもある。

 スノウホワイトの右隣の席を占めるのは東の大国スコグの第一王女サマーグラスである。
 腰まで伸びた栗色の髪。切れ長の一重目。
 一見きつそうだが、笑うと幼女のように可愛らしい。
 身体は細身で、すらりとしている。しかし、胸も腰もスノウホワイトより豊かである。
 イースやヨーデンの女性とは違った東域風の美しさを持った少女である。

「素晴らしい成人の儀式でしたわ」

 サマーグラスが愛らしい笑顔で話しかけてきた。

「ありがとうございます……」

 スノウホワイトは、ためらいがちに礼を述べた。ブレスドレインとのことが気に掛かって素直に喜べなかった。

「スノウホワイト様は本当にお美しい。――羨ましいわ」

 サマーグラスは軽く溜息をつく。

「サマーグラス様だってお綺麗ですわ」

 サマーグラスは、あきらめた風に、うな垂れる。

「私なんか、スノウホワイト様に比べたら、全然」

「そんなこと……」

「いいえ、そうなんですわ!」

 サマーグラスは唐突にスノウホワイトの方へ向き直る。しかし、すぐ困惑した表情を浮かべた。

「――実は今私に、ブレスドレイン様との婚約の話がありますの」

「まあ!」

 当の本人から婚約の話を振ってきたので、スノウホワイトは知らないふりをした。

「それは、おめでたいお話ですわ」

「確かに嬉しいのですけれど……」

「何か気に障ることでも」

「いいえ、いいえ、違うんです」

 サマーグラスは強く頭を振る。

「だってブレスドレイン様はグエディンでも一、二を争う美丈夫でいらっしゃる。私など、とても釣り合いませんわ」

 サマーグラスは、そこで再び大きく溜息をつく。

「私、このお話、お断りするつもりですの。ブレスドレイン様には、もっと美しい御方でないといけません」

「残念ですわね……」

 スノウホワイトは口では同情を示したものの、内心は喜んでいた。競争相手の方から勝負を降りてくれるなら話は簡単だ。
 だが次の言葉がスノウホワイトの心を鷲掴(わしづか)みにした。

「スノウホワイト様なら、お似合いでしたのに……。もう別のお相手がいらっしゃるのでは仕方有りませんわね」

 頭が真っ白になり、スノウホワイトは動きを止めた。
 サマーグラスが見とがめる。

「どうかなさいまして?」

「今のお話……どういう……」

 スノウホワイトが問いただそうとした時、ブルーヘイルの横にあるドラが近習によって鳴らされた。王が辞を述べる時の合図だった。
 大広間は水を打ったようになり、全ての視線がブルーヘイルに集まる。

「方々、本日は我が娘、スノウホワイトの成人の儀式に出席頂き、まこと欣快(きんかい)の至り。心より深謝いたす。この機を持って方々と一層の交誼(こうぎ)が深まらんことを切に願いたい」

 大声ではないが地の底から湧き上がるような声は大広間全体に陰々と響いた。

「さて、実は今日、方々にお伝えすべき慶事(けいじ)が更にある。それは、晴れて成人となった我が娘の婚約についてである」

 スノウホワイトは耳を疑った。
 各所から驚きの声が漏れ聞える。

「お相手は、こちらのオスカ第二王子レオナイン殿。兄のタイガーアイ殿が王となられればレオナイン殿は大公として国の重責を担うお立場になられる。イースとオスカの絆を固めるに、これほどの良縁は他にない」

 スノウホワイトの顔から血の気が引いていく。
 彼女は屹度(きっと)してサンシャインを見た。

 サンシャインは狼狽した顔で首を振る。自分は関知していないという意味だろう。
 これは、ブルーヘイルの独断なのだ。

 スノウホワイトは殺気をこめてブルーヘイルを睨んだ。
 ブルーヘイルは歯牙にも掛けない。

 逆上したスノウホワイトは荒々しく立ち上がる。

「そんなお話聞いておりません! 私の承諾も無く、よくも……」

 怒りで声が震えた。

「お前の承諾など無用。娘の婿を決めるのは親の権利である。王族たるもの、男ならば戦で国を守り、女ならば婚儀で国を守るのだ。お前も王女なら、その義務を果すがいい」

 重く、冷たい声だった。

 ブレスドレインの笑顔がスノウホワイトの脳裡に浮かぶ。切なさで胸が一杯になった。

 サンシャインが立ち上がり、必死に口を動かした。大丈夫だから、と言っているようだ。

 だが気安めである。一度吐いた言葉を翻すような父親ではない。

「婚礼は年明けの好日にオスカの国で行う。お前はそれまでオスカで暮らし、オスカ王家の仕来りを学ぶのだ」

 無情な追い打ちがスノウホワイトの心を切り裂く。
 涙が溢れ、こぼれ落ちた。
 彼女は我慢できず、席を蹴ると大広間から飛び出した。

コメントはこちら

Return Top