【文豪】

50、43、そして35(1)


「おめえは俺と一緒に船に乗るんだ」
 貨車の側から動かない父に代わり、清一郎が線路に引かれた砂利を踏みしめながらつかつかと歩み寄る。
 煤で汚れた顔をほころばせ、清一郎はにいっと笑った。
 ユキオは何も言わない父に戸惑い、それに相反するような笑顔の清一郎に困惑していた。
「旭川に兄弟がいるんだ。兄貴達は嘉一さんにさんざん世話になったから、なんも心配いらねえ」

「父さんは」
「豊原(とよはら)まで戻る。まだたくさんの人が残っているからな。運べるだけ、運ぶ」
「清さんは」
「ここで終わりだ」
 清一郎の笑顔がわずかに引きつっていた。
 清一郎は最後まで嘉一と共に樺太(からふと)に残り、一人でも多くの人を内地に送り出すつもりであった。
 けれど上司の嘉一は首を縦に振らず、「いいから行け」と言ったきりだった。
「お前のおとっつぁんは頑固で、俺と一緒に行かないって言うからよ。そんならユキはもらっていくってことにした。お前は俺と一緒に、父ちゃんの帰りを待ってりゃいいんだ。なあに、ほんの少しの辛抱だ」

 三人を含む大勢の人を乗せた汽車は、樺太と本土を結ぶ大泊(おおどまり)港を目指してひた走った。
 道中ソ連兵の攻撃を幾度となく受け、その度に停車した。
 その攻撃を不運にも受け、貨車から転がり落ちた人がいたことも知っている。
 ユキオは息を殺し、ひたすら清一郎の腕の下で小さくなっていた。
 落ちた人を拾うこともなく、汽車は再び走り始めた。 
 あの恐怖を、父は再び繰り返すのだ。
 汽車を動かすということは、最後の一人が港にたどり着くまで、その身を危険にさらし続けるという意味なのだ。

「もう時間がない。早く行きなさい」
「嘉一さん」 
「すまない、迷惑をかける」
 嘉一は胸のポケットから懐中時計と、鎖にぶらさがる一つの指輪を取り出し、清一郎に差し出した。
「何かの足しにしてくれ」

 あれはお母さんの形見の指輪だ、とユキオは気付いた。
 嘉一は一度も振り返らず、つい先ほどまで乗っていた貨車の中に戻っていった。
 まさかお父さんは、ここで死ぬつもりなんじゃ。
 清一郎はぐいとユキオの腕をつかみ、大泊港に向かって歩き出した。
 馬鹿野郎が、と清一郎が低く呟いたような気がした。
 ユキオの腕をつかむ手に力がこめられ、やり場のない怒りがそのごつごつした手から伝わってくる。
「嘉一さんは全然わかってねえ。俺がいなくなったら困るくせに、格好つけやがって」

 底抜けに明るく、時折無謀とも思える豪胆さをみせる清一郎に嘉一は目をかけ、何かと世話を焼いていた。
 あの頃はまだお母さんも生きていて、よく清さんを夕食に招待していたっけ。
 お母さんがお節介をして清さんに見合いの話を持ちかけるたび、お父さんは曖昧な顔で苦笑いをしていた。

 今となっては、何もかもが遠い幻の日々であった。
 母もすでにこの世を去り、生まれ育った敷香(しすか)は灰と化した。
 大日本帝国がポツダム宣言を受諾し、今上帝による玉音放送が全土に流されたのはつい一週間ほど前の出来事である。
 それに前後するように樺太庁からは、老人や婦女子を優先した本土への緊急疎開の発布があった。
 清一郎が息せききって小さな我が家へ駆け込み、ユキオを着の身着のまま連れ出した数分後、自宅の周辺は爆撃を受けた。
 もう少し清さんが遅かったら、自分はきっと生きてはいない。

 面倒をみる母親もおらず、必然的にユキオは嘉一と樺太へ留まるはずであった。
 だが次第に悪化していく状況の中、嘉一はユキオをなんとかして内地へ逃がしたいと思いあぐねていたものの、激務で奔走する身では不可能に近かった。
 このままユキオを自分のそばに置いていても、万が一自分の身に何か起これば、幼いユキオを一人残すことになる。
 せめて母親さえ生きていたら。

 母親がチフスを患いこの世を去ったのは、丁度去年の夏であった。
 敷香は樺太南部に位置する豊原から海岸沿いに二八〇キロメートルほど北上した、国境近くの町だった。
 鉄道員である嘉一が身重の妻を連れ敷香へと赴任して間もなく、ユキオが生まれた。
 その日は一面の雪の上を緑色のオーロラが、新しい命を祝福せんとばかりにざわざわと揺らめいていた。
 だから雪生、と嘉一は即座に命名した。
 女の子だったら緑子だったな、と嘉一は後に思った。

 母を亡くして悲嘆にくれる暇はなかった。
 父は相変わらず多忙で、内地と樺太を結ぶ大泊港まで汽車を走らせたなら二日は戻ってこない。
 ユキオは淡々と学校へ行き、日に日に増えていく軍事訓練をこなし、父が帰ってくるであろう日は食事を用意して一人には広すぎる居間でちょこんと座っていた。
 寂しいなどという感情を自覚したことすらなかった。 
 そんなユキオを不憫に思ったのか、大酒飲みの清一郎がぱったりと酒をやめ、嘉一が不在の日は顔を出すようになった。
 休みの日は決まって、ユキオやその他の鉄道員の子ども達を連れ出してくれた。
 冬はスキーやスケート、オットセイの群れを見に海岸へ出かけたり、トナカイ橇に乗せてくれたりもした。

 二人でオーロラも見た。
「ユキ、外見ろ。お前の生まれた日と、一緒だよ」
 清一郎は子どものようにはしゃぎながら、寝ぼけまなこのユキオを暖かい床から引きずり出した。
 眠い目をこすり、突き刺すような寒気に身を縮めながら二人で見上げた空は、母が繰り返し聞かせてくれた自分の誕生の日、そして母が存在した証でもあった。

 とても眠かったけど、ものすごく寒かったけど、もう一度あの景色を父さんや清さんと一緒に見たかった。
 しかしそのささやかな夢は、夢でしかない。 
 本土の疲弊に比べれば、樺太はどこまでも穏やかな地であった。空襲とは無縁の樺太へはるばる疎開する人々さえもいた。

 敷香と反対側に位置する真岡(まおか)港は、ソ連軍によって激しい攻撃にさらされ、絶望した大勢の民間人が自害する事態となった。
 道中停車した豊原も既に火の手が上がっていた。 
 ユキオは清一郎の腕の中で、ほうぼうから火の手の上がる豊原の町並を一瞬だけ見た。
 樺太最大の都市である豊原でさえ、攻撃されたのだ。 
 自分の生まれ育った敷香はとっくに、国境を越えて南下したソ連軍に占領されているであろう。

 それでも行くと父は言っていた。
 今更誰を、何を迎えに行くというのか。
 ソ連軍は残虐非道で、無抵抗の人間でさえ平気で撃ち殺すという。
 敷香より更に北上した上敷香(かみしすか)や古屯(ことん)では、兵隊さんが皆殺しにされたと汽車の中で誰かが言っていた。
 いずれにせよ、樺太にいる日本人は根絶やしにされるに決まっている。

 父と離れたくはなかった。けれどそれを口にすれば、大義ある父を困らせてしまう。
 何もできない自分は足手まといなだけなのだと、ユキオは思った。
 あの時と同じだ。
 母が死んだ時の自分も、今と変わらず無力な存在であった。

著者

渡部ひのり
時代劇もファンタジーもBLも恋愛物も刑事ものも、なんでも好きです。面白いものに垣根はありませぬを体現できるようになれたらいいなと思っています。

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